ピアジェの発達段階説にもとづき、口と手を使いこなして物を扱う赤ちゃんの様子から、赤ちゃんの思考の変化をたどってきました。では、「初めてハイハイをした」「初めて歩いた!」といった全身運動はどのように変化していくのでしょうか。この章では赤ちゃんが全身運動をどのように試行錯誤しているのか、その過程を見ていきたいと思います。
第3回「赤ちゃんの世界の触り方」を読む
全身運動の発達は、全身の動きのつながりのパターンを学んでいくことによって起こります。ぼくたちのあらゆる動きは、全身が連動しています。たとえば、歩くときに上半身を一切動かさず足だけ動かすと不自然な動きになってしまいますよね。足を動かすと同時に反対の手を前に出し、重心を前に進め、全身を連動させて「歩く」という動作をつくりあげています。赤ちゃんはそんな、大人がもはや無意識で行なっている運動を、試行錯誤しながら学んでいくのです。
赤ちゃんの全身運動というと、生後6ヵ月頃の子がうつ伏せの状態で両手をついてぐっと全身を反ったり、8ヵ月頃の子が四つん這いの姿勢で前後に揺れたり、一目見ただけでは意味不明です。しかし、全身運動をどのように試行錯誤しているのかを考えていくと、それらの運動は次の段階への「準備運動」であることがわかってきました。
反射から全身の確認まで
生後すぐから3ヵ月頃まで、つまり反射から自分の身体を確かめる段階まではピアジェの発達段階説と同じです。とにかく手足や顔をせっせと動かして、全身の輪郭や動かし方を把握しようとします。また「姿勢の変化」も身体をつくる要素です。赤ちゃんは、横抱き、縦抱きなど、抱っこによっていろんな姿勢になります。姿勢が変わると身体のバランスの取り方が変わり、そのバランスをとるために身体が対応していくことで、姿勢のコントロールの仕方を心得ていきます。
首がすわってから寝返りまで
3〜4ヵ月頃からだんだんと首がすわってきます。「首がすわる」とは、頭のてっぺんからお尻の先までつながる背骨とそれを支え動かす筋肉がしっかりして身体の軸ができあがるということです。首がすわると、自分の力で姿勢を変え、仰向けから左右にコロコロ動くのが楽しくなってきます。これを「寝返りへの準備運動」と見立てることができそうです。
次は「寝返り」です。寝返りは上半身からではなく、下半身からひねっていきます。横に寝た姿勢からさらに腰をひねり、肩もひねります。下になった腕を抜くために、反対の肩を下げながら腰を少しひねって肩を浮かせて腕を抜きます(ここ、みんな苦戦します)。
寝返りが一度できると、うつ伏せの姿勢を楽しめるようになります。手で地面を押して背骨を反らせたり、両手両足を宙に浮かせる姿勢をとったり、お腹を中心にぐるぐる回ったりします。こうしたうつ伏せでの運動が腕・足・腰と背骨を安定させていきます。これらは「ずり這いへの準備運動」だと考えられます。
ずり這いからハイハイまで
「ずり這い」とは、お腹を地面につけながら、頭を前に預け、腕で身体を手繰り寄せ、ひざや足の裏でグイッと押す運動です。頭、肩、腕、ひざ、足をうまく連動させます。この複雑な動きは練習するうちに背骨のひねりと腕と足の支えだけで移動がスムーズにできるようになっていきます。
次は、四つん這いの姿勢です。腕で地面を押し、上半身を持ち上げます。ひざで地面を捉えて腰を押し上げます。この姿勢ができると、腕で地面を押し、足で地面を押し、四つん這いの姿勢で前後に小刻みに動きます。これは、上半身から下半身、下半身から上半身へと力を伝え合い、姿勢を安定させる練習をしているのでしょう。これを「ハイハイの準備運動」とします。
四つん這いの姿勢が安定すると、片手を前に出すことができます。その時、ひざで地面を押して身体を前に進め、前に出した手で地面を捉え、反対の手を出す。その動作を繰り返すなかで、背骨の軸を安定させ、右手と左足、左手と右足を連動させることができると、高速ハイハイになります。
つかまり立ちから歩くまで
さあ、4点で支えながらハイハイで移動することができたら、次は「つかまり立ち」です。ハイハイしながらソファの端やテレビ台に寄りかかり、はじめはひざでよりかかり、次第に両足の裏で地面をとらえます。そうしてつかまり立ちして、片手を離し、ふらふらして、ペタンと座り込むのを繰り返したり、テレビ台の上に置いてある物を取ろうとして手で体を支えながら歩く「つたい歩き」などを繰り返すなかで、次第に足の裏で体を支える方法がわかっていきます。
ヨガに「タダーサナ」というポーズがあります。これはただ「立つ」というものなのですが、「足裏4点(親指の付け根、小指の付け根、かかとの右側、左側)を意識して左右に均等に体重がかかるように」「内腿(うちもも)を寄せる」「尾骨を下に伸ばす」「肩の力を抜く」など、無意識にしている「立つ」という姿勢のなかで、いろんな部位に意識を向けるものです。さらに、ヨガにはしゃがんだ状態からゆっくり立ち上がるという動作もあります。足の裏で地面を押しながらゆっくりとひざを伸ばし、同時に背骨の椎骨(ついこつ)をひとつひとつ積み上げるようにして立つ、というものです。
これはまさに赤ちゃんが何にもつかまらずに立つときに実践していることだと考えることができます。足の裏が点ではなく面であることがわかると、バランスも取りやすくなります。そうしたコツを覚えて初めて、片足で体を支えている間に片足を前に出して重心を動かし、一歩を踏み出すことができます。最初はバランスをとることに必死ですが、だんだんと上半身を柔らかく使って身体の軸を少し回すことでスムーズに歩けることがわかっていきます。
こうしてこの回の冒頭の「歩く」という動作を赤ちゃんができるようになるまでの過程を見てきました。こうしてみると、成長の指標となる運動の前後の段階で、「だっこ」「うつ伏せ」「四つん這い」といった次の運動への移行のフェーズでさまざまな「準備運動」があると見立てられます。
ピアジェの説でも、物や道具を使いこなせるようになるためにも、さまざまな感覚と運動のパターンを試していることもわかりました。身体を動かし、思うように操作できたら楽しいということがわかるのか、熱心なものです。
「早く立たないかなぁ」「なかなか歩かないなぁ」と思ってしまうのではなく、いま赤ちゃんが興味をもっているのはどんな運動なんだろう、と関心をよせることが重要でしょう。
・赤ちゃんは自分で自分の身体を触ったり抱っこされたりすることで全身の輪郭、動かし方、姿勢のコントロールの仕方を把握していく
・寝返り、ずり這い、ハイハイ、つかまり立ちといった成長過程があるが、赤ちゃんはそれぞれの間で準備運動をしている
・赤ちゃんを無理に成長させようとするのではなく、試行錯誤を見守ることが重要