前回、赤ちゃんが没入する行動を10個ご紹介しました。なんとなく「赤ちゃんはいろんなことを考えながら試している」ということを感じていただけたかと思います。物をかじったり叩いたり投げたりする彼らの行動は大人の常識から考えれば意味不明ですが、その常識を脇に置いて、赤ちゃんのきもちになって考えてみると、彼らのことがまるで「実験をする科学者」のように見えてきました。観察しながら本や論文を読むなかで、赤ちゃんは遊びを通して[予測と確認]を繰り返しているということがわかってきたのです。
第1回「赤ちゃんを観察してみる」を読む
赤ちゃんの遊びは基本的に短いパターンでできていることが多いです。たとえば「いないいないばあ」。大人が「いないいな~い」といって顔を隠し「ばぁ」と顔を見せる。このパターンを繰り返し、喜びます。「物を落とす遊び」もそうです。物をつかみ、落ちる位置まで持って行き、落とす。これらのパターンを見ていると「こうやると、こうなるんだよな」ということを試しているように見えてきます。
赤ちゃんのなかで何が起きているのか
こうした赤ちゃんの遊びについて、赤ちゃんのなかでいったい何が起きているのか、もっと詳しく知りたくなって発達心理学や脳科学の資料を読んでいると、いくつかのヒントに出会いました。ちょっと込み入った話になりますが、お付き合いください。
たとえば、脳について。人工知能企業の創業者のジェフ・ホーキンスが「人間の脳は記憶から予測する」と言っています*。一般的に脳といえば、目で見たり耳で聞いたりした情報に基づいて、脳が指令を出して行動する「情報処理装置」というイメージがあります。しかしそういうことはワニでもできます。獲物を目でとらえて、そーっと近づいて、ここぞというタイミングでがぶりと噛みつく、高度な技です。では、ワニと人間は何が違うのかというと、人間の脳には大脳新皮質という部位があり、これが「記憶装置」として働くことであるといいます。物の動き、メロディ、ストーリー、人の気持ちの変化、といったもののパターンを記憶するそうです。そうして、似たような場面に出くわしたときにその記憶を思い出しながら現実に照らし合わせ「あ、なんかこういう展開知ってる。次はきっとこんなことが起こるぞ」と予測することができる。これこそが人の脳の機能だと言っています。
また、発達心理学者ジャン・ピアジェという人の発達段階説では「生後4ヵ月頃から自分で物をつかむ」「1歳〜1歳半には物事の因果関係を理解する」といった発達の見立てがあります*。「1歳半頃の赤ちゃんはものごとの因果関係(太鼓を叩くと音がなる、ボールから手を離すと落ちる等)を確かめて遊んでいる」と考えられています。
こうして見てみると、赤ちゃんの遊びとは、ピアジェの「因果関係を試すこと」であり、ホーキンスの「記憶したパターンを再生して予測すること」でもあるように思えます。
さらに、赤ちゃんの遊びを観察しながら、赤ちゃんが好きな遊びにおいて「触感」が重要なのでは? と考えるようになりました。紙をビリビリ破くのも、おかゆに手を突っ込んでテーブルにヌリヌリしてしまうのも、触感が気持ち良いからではないかと。
そんなことを考えながら読んだ『触楽入門』*という本のなかに、「触探索行動」という言葉が紹介されています。触ることを通して重さ・表面の触り心地・硬さ・かたち・大きさ・温度の6つの情報が手にはいるというものです。そして触るという行為は、感覚を感じると同時に、撫でる、握るといった手の運動も伴います。運動によって感覚が生じ、生じた感覚によって運動を調整する、ということが起こっています。
少し試してみましょう。もし近くに本があれば、目を閉じて、その本のページを右手の親指で、本の表紙を人差し指でこすってみてください。ページと表紙の表面の感触の違いを比較できるように、こするスピードや強さを調整しませんでしたか? 触ることはもっとも手短で面白い[予測と確認]の行動の一つであると言えそうです。
赤ちゃんは[予測と確認]をしている
さて、話を[予測と確認]に戻します。脳だ、記憶だ、感覚だ、といろいろと調べてきましたが、要するに「赤ちゃんは[予測と確認]をしている」と考えると、赤ちゃんのきもちに近づけるということにぼくは気がついたのです。
例えば、ボールをつかんで手を離すと、落下するかどうか。手を離す位置を変えたり、手を振りながら離せばボールの落ち方を変えることができることがわかっていきます。
また、大人を相手に物を渡す仕草をすると、物を受け取ってくれるかどうか。受け取ってもらえると、嬉しくなって笑顔になります。「いないいないばあ」もおそらく手の奥に顔があって、次に「ばあ」がくることを予測しており、予測通り「ばあ」が来たから笑えるのだと思います。
[予測と確認]のプロセスのなかで一体何が起きているのかを細かく見てみましょう。「物を落とす」を例にとってみてみます。月齢は生後10ヵ月から12ヵ月くらいの子です。
2. その運動に物が反応します(ボールが重力に従って落ち、床に当たり、音がなり、跳ねる)
3. この物の反応を感覚がとらえます(ボールの動きを見て、音を聞く)
4. それによってはっきりと確認することができます(ボールが落ちたということがわかる)
5.この物の反応を感覚がとらえます(ボールの動きを見て、音を聞く)
6. それによってはっきりと確認することができます(ボールが落ちたということがわかる)
たった1~2秒の行為ですが、このように細かく見れば、記憶→予測→計画→運動→物の反応→感覚→確認というサイクルで行為が生まれていると言えます。年齢が上がれば上がるほど、より複雑なことの[予測と確認]ができるようになるのでしょう(知能の発達については次回、詳述します)。
また、この[予測と確認]という見立ては「こうやったら怒るかな?(予測)」「やっぱり怒った!(確認)」というような対人行動にも当てはめることができます。他者との関係のなかで愛着をつくりだすことにおいても重要な役割を担うと思われます(「愛着」については第6回で詳しくご紹介します)。
・脳の主な機能は「記憶と予測」である
・赤ちゃんは感覚と運動を通して物事のさまざまなパターンを学んでいる
・遊びの中で予測をたて、運動を通して実行し、確認をしている