株式市場への上場も目立ち始めた、宇宙開発スタートアップ。なかでも、福岡に拠点を置くQPS研究所は、高精細小型レーダー衛星による準リアルタイム地球観測技術で世界をリードする。同社の技術の強み、そしてその発展によって、世界はどう変わるのか。なぜ九州にこだわるのか。大西俊輔社長に聞いた。
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「分からないこと」への憧れ
私がQPS研究所の事業を通じて実現したいもう一つの夢、それが「九州に宇宙開発の拠点を作ること」です。
その思いを強く抱くに至った背景は、私がこれまで歩んできた小型SAR衛星開発のキャリアと重なります。
私が宇宙に興味を持ったきっかけは、小学校低学年の頃に宇宙図鑑を読んだことでした。
図鑑をめくる手が止まったのは、「ブラックホール」が載っているページ。「なんでも吸い込むなんてすごいな。不思議だな」と惹かれるのと同時に、その構造についてはまだ完全に解明されておらず、あくまで想像で書かれていることに驚いたのを覚えています。
「まだよく分からないものがたくさんあるのが宇宙なんだな」と、その“分からなさ”に憧れを抱きました。ただ、生まれ育った佐賀では、宇宙に関わる職業に就いている大人は身近にいなかったので、将来の目標は具体的に描けていませんでした。
ものづくりが好きだったこともあって、高校卒業後は九州大学工学部の航空宇宙工学科へ。「宇宙に関するものづくりができたらいいな」くらいの漠然としたイメージで入りましたが、大学院のカリキュラム案内に「人工衛星工学」という項目を見つけてハッとしたんです。「そうか。人工衛星は工学であって、学べば作れるものなんだ!」と。
それで門戸をたたいたのが、「小型の人工衛星を作る研究をしています」と書かれてあった八坂哲雄先生の研究室でした。
八坂先生は、10cm四方のサイズで作られることが多かった小型衛星について「広く民間利用されるためには、カメラなど機能を搭載できるサイズが必要」と考え、1995年から50cm級の小型衛星開発に着手したこの分野の第一人者です。2005年にQPS研究所を設立した創業者の一人でもあります。
実は、この「小型衛星の箱を大きくする」という技術開発は非常に難易度が高いんですね。
サイズを拡大しながら重力負荷をクリアし、丈夫な構造を設計するという専門知識は、日本国内では八坂先生以外どなたも獲得していなかったので、その八坂先生のもとで学んだ私は重宝され、学外のさまざまな開発プロジェクトに呼んでいただき、経験を積むことができました。
衛星の面白さは「全部」に関われること
ちなみに、宇宙のものづくりの中でも「小型衛星」を選んだのも理由があります。
たしかにロケットや大型衛星のほうがプロジェクトは大がかりで花形に映るかもしれませんが、一人が担当できる範囲には限りがあります。エンジンだけ、機動設計だけといった「部分」に関わるのではなく、せっかくなら「丸ごと全部」を作って打上げまで関わりたい。だから私は小型衛星を選びました。
小さくても、宇宙空間で動く電子部品を作る経験ができるというのがすごく面白いんです。
実際、丸ごと全部を作ってみると気づけることも多いですね。例えば、小型衛星をしっかりと作り上げたとして、打上げのためにロケットに乗せるまでの「輸送」に配慮した設計ができていなければ壊れてしまう。打上げの最終段階まで全部経験した上で、いろんな想定を踏まえて逆算して設計することが重要なのだと学びました。
九州だけにある「フラットな宇宙開発ネットワーク」
小型衛星のものづくりを通じて宇宙業界に触れるようになって実感したのは、この業界がまだまだ「発展途上」であること。
大学や企業が力を寄せ合って、試行錯誤しながら少しずつ前に進んでいる。まだまだ分かっていないことが多く、誰もが手探り。プレイヤーは名だたる大企業だけでなく、若い大学院生や起業家も輪の中に参加して、同じ夢を追っている。
東京大学発のアクセルスペースさんが創業したのもちょうどこの頃でした。未知の世界に、みんなで手を取り合って挑む雰囲気が好きですね。
加えて、九州は特にその土壌が育っている地域であることも分かってきました。
北部では福岡を中心に八坂先生のQPS研究所と周辺の協力企業に、九州大学や九州工業大学が連携していて、南部では鹿児島大学を中心に衛星開発の産学連携が進んでいる。大学と地場企業が真横に並んで同じ立場でものづくりを議論して、設計・研究・製造を共にしていく。
九州以外の地域ではどうなのかというと、大学が一番上に立って作りたいものを描き、企業は大学から渡された設計図をもとに作るという関係性が多く、これはこれで良さがあるとは思うのですが、「本当に欲しいものを迅速に作れているのかな」と個人的には感じていました。
これは推測ですが、かつて日本で初めて人工衛星が打ちあがった年に、東大の大学院生として開発チームに参加していたという八坂先生の原体験が活かされているのだと思います。当時も大学と企業がタッグを組んで、世界と戦うべく衛星を飛ばすために一つのチームとなって力を出し合ったと聞いています。
こうしたフラットなネットワークが20年近くかけて形成されている文化は、国内の他地域ではあまり見られません。日本の、いや世界の宇宙開発の発展のために、守るべき資産だと強く感じるようになりました。
ところが現実はというと、若手の人材離れが深刻でした。なぜなら九州には宇宙に携われる就職先がほとんどなかったからです。
私と一緒に小型衛星を打上げるプロジェクトに関わっていた仲間たちも、一人、また一人と、九州を離れて東京や大阪へ行ってしまう。気づけば研究室で進路を決めていないのは私一人になりました。
恩師である八坂先生もすでに高齢であり、このままでは九州を拠点とした小型SAR開発の歴史が途絶えてしまうことが容易に想像できました。「それは嫌だ」と思いました。私がQPS研究所に就職し、2年後に社長を引き継ぐ決心したのは、九州に根付いた宇宙開発のネットワークをこれからも発展させたかったからです。
最先端の宇宙工学を、九州に
あれから10年経った今、QPSは毎年のように小型SAR衛星を宇宙に飛ばせるまでに成長しました。
一度は離れてしまった仲間がQPSに戻ってきてくれましたし、九州や近隣の大学からうちに就職を決めてくれたのは感慨深いですね。
私たちが継続的に衛星を飛ばすことができれば、部品を委託している周辺企業も事業を継続できるということ。新しい開発工場も、福岡県内で稼働し始めました。少しずつですが、「九州に宇宙産業の集積地を作る」という目標へと近づいています。
九州が宇宙開発の集積地として育てば、国内の他地域の宇宙開発拠点とのネットワークも活発化し、日本全体の宇宙ビジネスが前進するはずです。
アジアに近い九州には留学生を多く受け入れる素地もあるので、「最先端の宇宙工学を学ぼう」と世界中から優秀な人材も集まるでしょう。「ここでやりたい」と思える場所があれば、人は集まる。そんな場づくりに貢献していけたらという思いがあります。
宇宙はまだまだ何も分からない。だからこそ面白い!
現在も、次の衛星を打上げる計画が進行中です。
宇宙はまだまだ分からないことばかりで、不確実要素も多い。宇宙開発を発展させていくためには、応援してくださる方々への丁寧な説明が不可欠です。
私たちが1号機を作るためにベンチャーキャピタルを回ったときにも「小型SAR衛星って何?」「それができてどうなるの?」という疑問にしっかりと答えて説明することをひたすらくり返していました。昨年末に上場をさせていただいた際にも、同じでした。
失敗も含めて、良いところも悪いところも全部知っていただいた上で市場を通じて応援をいただき、やるべきことに集中する。ずっとやっていることは変わらないですね。
まずは、できるだけ早く小型SAR衛星を36機打上げて、人類初のリアルタイム地球観測を実現すること。でもそれで終わりではなく、最終ゴールへの道のりの3合目といったところでしょうか。
次の軸となる事業の種はすでにあって、社内でも「宇宙でこれもやりたいね」「あれもやってみたい!」とアイデアを出し合っては温めています。
今は地球を観測する人工衛星を作っていますが、頭の中に常に広がっているのは、子どものころに宇宙図鑑で夢中になったスペースコロニーの絵です。宇宙船、ワークステーション、ロケット、衛星……、そのどこかからこの目で地球を、宇宙を見てみたいですね。
「分からないもの」への憧れは、まだまだ尽きそうにありません。
QPS研究所