なぜTBSの経営にはデザイナーが参加しているのか?【前編】

上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質・ TBSホールディングス 佐々木卓社長/ 佐々木 卓

テレビの地上波放送を家族そろって観た時代から、多様なデバイスで個々人がコンテンツを楽しむ時代へ。外部環境が激変するなか、在京キー局の1つであるTBSホールディングスの佐々木卓社長は、「保守的な社風を変え、リスクを取って未来の成長にかける」と話す。2030年を見越し、地上波放送以外の事業を急成長させる戦略と、トップの思いとは。

「時間サービス業」がいま、やるべきこと

――ヒットメーカーである脚本家の宮藤官九郎さん、大石静さんが共同執筆するドラマ『離婚しようよ』が今年の放映を控え、話題になっています。御社の番組ですが、地上波ではなくNetflixの独占配信なのですね。

ネット配信はこれまで、国内の地上波で成功したドラマの「二次利用」という位置付けでした。あくまで地上波テレビ向けにつくった番組を使い、利益を上乗せするという発想です。しかし『離婚しようよ』は、最初から全世界に向けたネット配信を念頭に置いてつくりました。

豪華な制作スタッフに加え、松坂桃李と仲里依紗らキャストも話題に
©2023 TBS TELEVISION All rights reserve

「地上波に流さない」という背水の陣を敷くことで、新しいコンテンツづくりとはどういうものか、現場は大いに勉強するでしょう。失敗もあるかもしれませんが、そのぶん、成長のスピードが速くなるはずです。私たちはいま、こうした新しいプロジェクトを次々に進めています。

ご存知の通り、地上波テレビをリアルタイムで、家族そろって観る機会は減っています。じゃあそれで私たちのコンテンツの力が弱くなったかといったら、そうは思いません。先ほどのNetflixをはじめ、TVer(ティーバー)やParavi(パラビ)のような動画配信サービスにはテレビ番組の動画があふれていますし、SNSはしょっちゅうテレビドラマの話題で盛り上がっていますよね。

TBSの明るい研修ルームで、インタビューに応える佐々木社長

そもそも私たちがテレビを通してやってきたことって、みなさんに楽しい時間を提供し、微笑んでいただくこと。つまり「時間サービス業」なんです。その原点はいまも変わりませんが、コンテンツを取り巻く環境は激変しています。

こうした現状を踏まえ、就任2年目の2020年4月に、ブランドプロミスを「最高の“時”で、明日の世界をつくる。」に刷新しました。さらにその翌年、「VISION2030」を発表し、現在の「放送事業60%:放送事業以外40%」という売上高比率を2030年までに逆転させる目標を掲げました。

そのための具体的な方法として、「デジタル・海外・体験」の3つの分野で事業を拡大する「EDGE戦略(Expand Digital Global Experience)」をスタートしています。

若手も、ベテランも 現場で起きている変化

この2年弱で、EDGE戦略はいろいろと動いています。一例を紹介すると、「デジタル・海外」の分野では、海外市場に向けたコンテンツの企画開発・制作を担う子会社THE SEVENを立ち上げ、優秀なクリエイターや海外ビジネスに精通する人材を送り込みました。先ほどお話に出たNetflixとも、5年間の戦略的提携契約を結び、オリジナル動画の配信やハイエンドコンテンツの共同制作を行っています。

「体験」分野では、2022年夏から、世界中で大ヒットしている舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』をTBS赤坂ACTシアターでロングラン上演しています。赤坂駅から劇場の間にはレッドカーペットと巨大なオブジェ、そしてハリーポッターカフェもあり、観劇前から物語の世界に入り込んでいただけます。私もカフェに行きたいのですが連日予約がいっぱいでして。「お客様優先」と言われて、なかなか入れてもらえません(笑)。

原作の世界を再現した、ハリー・ポッターカフェの店内
© & ™ Warner Bros. Entertainment Inc. Publishing Rights © JKR. (s22)

「体験」分野には、知育・教育の要素も含まれます。その一環として、熊川哲也さん率いるKバレエと資本業務提携をしました。これまで当社は興行主として関わってきましたが、熊川さんの「子どもたちの感受性を磨けるような教育を」という思いに共感し、バレエスクールを広めるパートナーになったのです。日本はもちろん、アジアでの展開も視野に入れています。

熊川哲也氏と堅い握手を交わす、佐々木社長

こうした新しいコンテンツづくりを急成長させ、2030年までに「地上波以外」で目に見える成果を出す。同時に地上波でも、当社が「新ファミリーコア層」と呼ぶ4歳〜49歳の男女に向けたコンテンツを強化し、こちらもじわじわと伸ばしていくことを目標にしています。

――「VISION2030」達成への具体策が、どんどん動いているのですね。こうした変化に、現場の方々はついてきていますか。テレビで経験を積んできた方が、そう簡単に変われるのか。疑問もあるのですが……。

実を言うと、変化を主導しているのは現場なんです。地上波テレビがこのままだと壁にぶつかるというのは、現場のみなさんもよくわかっています。じゃあこれからどうしよう? というときに、大きな方向性を決めたのは、たしかに私たち経営陣です。でもそこから具体的なアイディアが出て、動き出すことができたのは、現場の方たちの積極的な後押しがあったからです。

例えば、私は毎週金曜に若手社員とランチミーティングをしていますが、その場で「地上波に流さないコンテンツをつくってはどうか」と言うと、「面白いですね」「いいじゃないですか」と大いに褒められまして(笑)。そうやってこまめに若手の意見を聞きながら、EDGE戦略の中身をつくっていきました。

また、「EDGE戦略」が社内でムーブメントとして広がったのは、デザインチームの功績によるところが大きいです。ふつうテレビ局でデザイナーというと、ドラマやスタジオのセットをつくるのが仕事です。それを私が就任してから、「経営のデザイン」という視点で関わっていただくことが増えているんですね。彼らは物事の本質をつかみ、わかりやすく表現するプロですから、助けられることが多いんです。

今回も、私だったら「経営の3本柱」とか言ってしまうところを、「EDGE戦略」と上手に表現してもらいました。ほかにも、経営の統合報告書をビジュアル化したり、重厚でいかにも大企業然としていた玄関を明るい打ち合わせスペースに変えたり……。デザイナーが経営にコミットすることで、当社の経営指針はずいぶん伝わりやすく、アグレッシブになったと思います。頼りになる存在なので、最近は新卒に加え、キャリア採用でビジネスに強いデザイナーの方を採用しているくらいです。

さらに驚いたのは、ベテランの方たちの柔軟さです。EDGE戦略を理解し、「新しいチャレンジをしたい」と言ってくださる方がとても多い。新しいコンテンツづくりは、彼らの力に大いに支えられています。クリエイターとして実績を残してきた自信があるからなのかもしれませんが、いやほんと、頭が下がります。

変革に合わせた人事評価を導入

新しい方向性を目指すために、評価の基準も変えています。当社には以前からクリエイターを特別に待遇する制度があり、人気番組をつくる実力のあるクリエイターには、役員や局長クラスのお給料をお支払いしています。

ここには私たちの強い思いがあって、コンテンツづくりというのは、やっぱりクリエイターがえらいんですね。ディレクターや演出家、アナウンサー、テクノロジスト、デザイナーなど、職人的な技術を持つクリエイターが最高のパフォーマンスを発揮してはじめて、観客が感動するコンテンツが生まれる。それを支える管理部門などのバックヤードももちろんなくてはならない存在ですが、主役はやっぱりクリエイターです。社長も典型的なバックヤードだと思っていて、クリエイターが力を発揮して世間から認められることが、いちばんうれしい。

ですから私たち経営陣の仕事は、クリエイターが時代に合わせて、活躍できる環境を整えること。いまはデジタル・海外・体験を前提にコンテンツをつくろうとしているので、人事評価では「総合評価」「ライフタイムバリュー」を重視し、成果を出すクリエイターには会社として全力で報いています。

例えば、2020年に放映された刑事ドラマ『MIU404』は、ネット配信やDVDの売り上げが大きかった。さらにドラマ内に登場する「まるごとメロンパン号」という車がグッズを載せて全国を巡回しました。好評いただいて、番組終了から2年経ったいまも収益を伸ばし続けています。このようにネット配信や海外、グッズなど、さまざまに派生する力を「総合評価」、長生きするコンテンツの力を「ライフタイムバリュー」と呼び、高く評価しています。

新しいことをするには、お金がかかります。失敗のリスクもあります。しかしそれを上回るチャンスがあるはずだから、先行投資だと思ってどんどん予算をとって種まきをしましょうというのが、いまの私たちのスタンスです。

逆に言うと、今後も地上波だけでやっていこうとすると予算が徐々に小さくなり、クオリティが下がっていく。一見安全に見えて、それはゆるやかな衰退の道です。そうではなく、人も予算も増やしながら、より成長する道を選びたい。その覚悟をもって私自身もいろいろと動き、いいスタートが切れたと自負しています。

TBSホールディングス
次回は2/7(火)配信予定です。