東京都副知事の宮坂学が語る“組織を変える傾聴力”

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仕事の現場で奮闘するビジネスパーソンたちの魅力、スキルを“○○力”と名付けて、読者の皆さんにお届けしたい! 題して、連載「あのビジネスパーソンの『○○力』」。

これまでもスゴい方々に登場いただきましたが、今回も素晴らしいビジネスパーソンにお話を聞けることになりました

ヤフー株式会社代表取締役社長、会長を経て、現東京都副知事として活躍されている、宮坂学さんです……!

インターネット業界のド真ん中から、行政の世界へ。完全に畑違いの世界で、“デジタル化”を推し進めるのは相当な苦労があるはずです。

R25世代の読者の皆さんも、「旧態依然とした組織を変えたい!」と奮闘している人は多いはず。

そこで、「組織を変えるスキル」について聞こうと思ったのですが……僕の目論見はいろいろと外れ、宮坂副知事の深すぎる構想に触れることになったのです……

〈聞き手=天野俊吉(新R25副編集長)〉

記事提供:新R25

「Wi-Fiも通ってなかった」ヤフーから都庁に行って受けた衝撃とは?

天野

ヤフーから都庁に来て、文化の違いに戸惑ったことは多いですか?
職員からの報告を「国語じゃなくて算数にして」って言ったというインタビューを読みました。

宮坂さん

たしかに、「山でたとえるなら“高い山です”じゃなくて、“何mの山の何合目まで来ている”のかを数字で報告しよう」ということは言いましたね。
毎週定例で報告会をやるところから始めました。

天野

定例の進捗報告がなかったんですね……!

「行政ってレク文化(=レクチャー文化)なんですよ。僕に対して、部署ごとに説明にくる。定例会議っていう文化はあまりなかった」

天野

初登庁の日に、副知事室にWi-Fiが通ってなくて衝撃を受けた」というニュースも見ました。ほかに、都庁に来て驚いたことはありますか?

宮坂さん

驚いたっていうか……“勉強になった”のは、社会を見るアングルが違うこと
民間は「顧客ターゲットの5割取れれば圧勝」みたいな世界じゃないですか。行政は、社会全体を見てるんですよね。
先頭集団が走りやすい環境をつくるのも大事だけど、社会からこぼれそうな生活してる人がいたら「5Gだ、6Gだ」と言ってられない。行政には「ターゲット外」がないんだなと

天野

今日は宮坂さんの“旧態依然とした組織を変える力”について聞きたいんですが……
やっぱり、改革を進めようとすると反発もありましたか?

宮坂さん

どうだろうなあ、あんまり……。鈍感だからかな?(笑)
少しずつ「仲間をつくっていく」ってイメージなんだけど……

あまり質問に乗ってくれない宮坂さん

天野

R25世代でも、チームリーダーとして“組織を変えたい”という人は多いと思うんです。仲間を広げて、組織みんなに同じ方向を向かせるにはどうしたらいいんでしょう?

宮坂さん

仲間って、リーダーがなれって言ってムリヤリなってもらうものじゃないでしょ。
それだと“面従腹背”っていうか。自分の意思で「才能と情熱を解き放った状態」で仲間になってくれてるわけじゃないですよね。

宮坂さん

変化が起きるときは、推進したい人も懐疑的な人もいる。そこはしがらみがあるのがリアリズムじゃないですか。
でも、仲間をつくって“大局的にはこっちの方向に進め”と指し示さなければいけない

天野

……しがらみのなかでも「方向を指し示す」には?

宮坂さん

それは、傾聴するしかないです。人の話を聴くこと。

天野

……!!!

宮坂さん

自分もほっといたら喋っちゃうほうなんですけど、「聴く」って大事だと思いますね
都庁に来てからもそのおかげで、「いかに民間的な視点だけで世の中を見ていたか」って気付いたんです。

天野

どんなことに気付いたんですか?

宮坂さん

デジタル推進も「したほうがいい」っていうのはみんなわかってるんです。
民間の人は「サボッてるんじゃないか」って言うんだけど、でもじつは法律があってできないとかそういうオチがあったりする。

天野

なるほど……

宮坂さん

マネジメントといっしょなんですよ。マネジメントする側は「できない理由を言うな」って言うけど、“できない理由があることを理解する”のが大事
そこはちゃんと話を聴いたほうがいいです。

宮坂さん

そういう食い違いは、前の会社(ヤフー)でもPCからスマホにシフトするときもありましたよ(笑)。「こんな小さい画面でネットをやるのか?」って言ってたのがたった10年前ですよ。
ただでさえ難しいのに、行政と民間という異世界で育ってきた人たちが集まって変化を起こすわけだから……「自分が組織を変革する側」「あなたは受け入れる側」なんて壁をつくらないほうがいい

天野

「ネット業界から来た宮坂さんが組織を変革している」というストーリーばかりイメージしていました。
宮坂さんは先ほどから「むしろ学んでる」と言い続けてますね。やっと気づきました……

リーダーが組織を変えるんじゃない。まずはメンバーの話を聴くこと。「都庁を変える」というストーリーありきで話を聴いていた自分を反省しました

「俺のチームに入りたかったら“独身・恋人なし”」というヤバマネージャー時代。変わった秘策は……

天野

マネジメントの話が出ましたが、宮坂さんはヤフー時代から「傾聴するマネジメント」をしてたんですか?

宮坂さん

全然(笑)。
20代でヤフーに転職して、営業に行けばいろんな人が会ってくれるのが面白くてね。35歳ぐらいまではほとんど休んでなかったですね。

天野

ブラックなチームだったんですか?

宮坂さん

僕のチームはハードワークかつロングワークで有名で。
「宮坂チームに入りたければ、独身・恋人なし。深夜も土日も稼働できなきゃ困る」とか無茶なことを言ってましたね。

あっ、そういうタイプの人? 笑顔が怖く見えてきました

宮坂さん

だけど、ある日会社に行ったら僕の机の上に本が置いてあるんです。
タイトルが「こんな上司が部下をつぶす」みたいな……

天野

部下からめちゃくちゃヤバイ意思表示されてる。それは冗談で……?

宮坂さん

ガチなんじゃないですかね(笑)。
それで、ガラにもなくマネジメントの本読みはじめたり、くわしい人に教わったりね……

天野

そこから何を変えたんですか?

宮坂さん

そこで、仕事には「傾聴」が大事なんだと知るわけです
話を聴くなんてカンタンだと思うけど、ちゃんと聴くってじつはみんなできてない

天野

そういうものかな……

宮坂さん

会議も、こういう取材もそうでしょ?
相手の話を聴いてるようで、実際は「自分のターンになったら何て言ってやろうかな」ばっかり考えてるんですよね(笑)。

天野

ぐっ……

めちゃくちゃその通りですわ

宮坂さん

マネジメントにくわしい人に相談に行ったら「組織をうまくいかせたかったら、お前が一言も喋らない会議をしてみろ」って言われてね。
喋らないで、ただひたすら聴くようにしてみたんです。

天野

一言も……リーダーがそれで大丈夫なんですか?

宮坂さん

部下が何か言ってると「ツッコんでやろうかな」とか思っちゃうわけですよ。
だから喋らないと決める。そうすると傾聴、注視できるようになって、100%インプットできる。「こいつ、こういう表情してたんだな」とかね。

天野

「この人いるだけで何もしてないな」とか思われてしまいそう……(笑)。

宮坂さん

最初は、俺が喋らないでまわるのかな? って不安なんですけど……まわっちゃったんです(笑)。今まで大したこと喋ってなかったんだな!って気付きました(笑)。
100文字喋ろうが2000文字喋ろうが、関係ない。20倍喋ったら20倍伝わって、成果が出るかって言ったらそんなことないですよ。

全国の、部下が喋ってると「何言ってやろうかな」と隙をうかがってる上司に届け!

「ここまでやって、行政のDXです」宮坂副知事のアツすぎる構想に触れた

天野

話は飛ぶんですが、最近の宮坂さんの「デジタルのインフラではなくコモンズをつくる」というツイートが気になっていて……これってどういう意味なんですか?

※読者の皆さまへ。ここからちょっと難しい話になります。ついてきてね

宮坂さん

これは、オードリー・タンさん(台湾のデジタル担当政務委員)が言ってた言葉なんです。「コモンズ」という概念は『WIRED』の松島さん(松島倫明。『WIRED』日本版編集長)もよく言ってて……
もとは「誰のものと言いにくい土地を、みんなの共有地にしよう」という言葉なんですが、デジタル上の共有財産をつくるのが大事だという意味で使われてるんですね。

天野

それは「インフラ」とは違うんですか?

宮坂さん

インフラって、鉄道会社が線路や駅を所有してるみたいに誰かがつくって誰かが持っているもの。
歴史的にいうと、1980年代にサッチャーさんがガスや水道事業の“民営化”を図りましたよね。

※サッチャーさん=マーガレット・サッチャー元イギリス首相。新自由主義にもとづきガス、水道、空港など国有企業の民営化を推し進めた

宮坂さん

現在では、そこから「社会の共有物を1企業に独占させていいんだろうか?」「誰かのものではなくみんなのものを豊かにしよう」という流れが来てるんですね。
「コモンズ」っていうのは、個人や法人のものではなく社会全体のもの、つくり手も使い手も一緒になって運営していくものです。

天野

ふむふむ……概念はわかりましたが、宮坂さんは具体的にどう「コモンズ」をつくっていくんですか?

宮坂さん

僕は、「傾聴する力」をデジタルで拡張したいんです。

天野

ここでも「傾聴」……!

宮坂さん

たとえば、政治や社会に言いたいことがあっても「議員の先生を知らないと何も言えない、声が届けられない」という状況がある。
でも、デジタルを使うといろんな声を聴くことができますよね。

天野

宮坂さん、よくツイッターで意見を募集してますよね。

宮坂さん

それをもっとスケールさせたいんです。
だって、東京って1400万人いるわけですよ? この前も「ここの公園をどうしたらいいですか」と意見を募集したんです。公園を使う人の数を考えたら、100万ぐらいコメントが来てもおかしくない。でもそこまで来てないです。
だから、市民側に行政のことをもっと伝える必要がある。情報を徹底的にオープンにしたいんです

天野

それが「コモンズ」だと。

宮坂さん

「組織をいい方向に進めたかったら傾聴しなければ」って言いましたよね。同じなんです。
共有するデータを増やすことで「傾聴する力」を拡張して、政治に参加できる人を増やす
これは、民主主義のデジタルトランスフォーメーションなんです。

やばい、めちゃくちゃアツい話だ

宮坂さん

もっと言ってもいいですか?
よく言われる「行政のDX」っていうのは、言っちゃあなんですけど単純な効率化の話です。それはそれでやったほうがいいんですが……

天野

物足りない?

宮坂さん

都の職員って40年間で半分に減っていて、今後はもっと人員確保が難しくなります。
だから、ちょっとした効率化ではやっていけない。むしろ“全自動化”まで視野にいれないと
「デジタルで書類が受け取れます」って、言っちゃ悪いけど「自販機にお金入れたらジュースが出てきます」ぐらいの話なんで。

天野

毒舌が加速してきてます

宮坂さん

もっといい社会にするためには、デジタルの力を使って、政治の合意形成のプロセスにみんなが参加できるようにしなければいけない
そこまでやって、行政の「DX」は達成されたと言えると思います。

この方が副知事に招聘された理由が、完全にわかりました……

「夢もヘチマもねえなあ」宮坂さんが“変革”の視点を持てるようになった原体験とは

天野

……「変革」というものを深くとらえているんだとすごく思いました。宮坂さんがそんな視点を持てるのはなぜなんでしょうか?

宮坂さん

僕、新卒で入った会社で雑誌や広告つくったり、採用のパンフレットつくったりしてたんですよ。
入ったとき「版下屋さん」っていうのがあってね……。職人さんが写植とか貼ってたんです。

天野

聞いたことはあります。印刷の工程で文字とかを切り貼りするという。

宮坂さん

でも、そういう人たちはコンピュータの普及でいなくなってしまった。
「職業って消えるんだな」と思ったんです。いくら「これで飯食いたい」と思ってても、その世界でナンバーワンの技術を持ってても、仕事が消える
それを見てから“世の中が変わることに向き合わなきゃいけない”っていう危機感がずっとあるんです。

宮坂さん

もうひとつ印象に残ってるのは、学生のころ、祇園のクラブみたいなところでバイトしてたんですよ。
ビール1本7000円ぐらいの高級な店。そこで人生の指針じゃないけど、いろいろ勉強になったなと思ってて……

天野

「俺もこんな店で豪遊したい」と……?

宮坂さん

それはまったく思わなかった(笑)。むしろ「夢もヘチマもねえな」と思いましたね。

天野

(ヘチマ……)

宮坂さん

名だたる大企業のおじさんが身内だけでカラオケ歌って。派閥があるみたいで、電話がきて「あの野郎来てるか? 来てるなら行かないから」って言うんですよ。
そのノリっつうかね。ムリだなと思ったんですよね

天野

わかる気がします。

宮坂さん

狭いところに閉じ込められて変われず、汲々としてるとこうなってしまうのか……ってね。だからいつも軽やかに変化していくことを恐れないようにありたいと。
ヤフーを辞めたときも、民間の違う会社に行くのではなく、民間という世界そのものを飛び出して“違う大陸に行くぐらい変化しよう“と思ってた。
これから先も、何歳になっても違う大陸に飛び出す冒険心は持っていたいなと思うんですよね。

部屋に飾られていた明治時代の東京の地図をバックに撮影に応じてくれた宮坂副知事。

傾聴の力で、民主主義をDXする

という構想を聴き、お世辞抜きで令和の東京を背負って立つ人だ……と感じました。

東京を背負っているわけではない自分も、「俺が組織を変える」「何か言ってやらねば」という態度でばかり会議に臨んでいたことを反省しました。

まずは傾聴力。明日から、会議では話しませんがご了承ください……

〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/撮影=森カズシゲ〉

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