「これから伸びる気配」を、数学的に評価してみる

“超”理系がゼロから投資はじめてみた/ 澤田 涼マツオカヨウスケ

「物理学者は近似が好き」を読む

これから伸びる気配

突然ですが、僕の友人に「小さな自慢」をするのが大好きなやつが一人います。

その自慢の多くが、いま話題になっているマンガ・音楽・映像コンテンツを、“大流行する(=バズる)前から知っている”というものです。身の回りに一人は必ずいますよね、僕は憎めなくって好きです。

(少し失礼だけど)そんな“あるある自慢”をする友人に、僕が感心しているところがひとつありまして。

それは、ちゃんと大流行する前に「多分このコンテンツ、これからバズるよ」と教えてくれるところです。それも流行る前どころか、話題になりだしてもない頃で、そしてこれまたいい確率で当たるんです。

どうやったら分かるの? と聞くと、「自分の好みとかは正直関係なく、流行るコンテンツは見た瞬間に“これから流行りそうな追い風”を感じる」んだとか。

そんな話を聞くと、僕の中の物理学者心がどうしても、「“これから流行りそうな追い風”というのを数学的に知ることはできないか??」と思ってしまうわけなのです。

さてさて、“伸びる気配”というのが数理的にどんなイメージと関連しそうか。すこし考えたとき、まず浮かんだのが「加速度」という、高校物理で最初に習うお話です。

えいやと説明すると、例えばある動画の再生回数の「伸び」が速度なら、「「伸び」自体がどれだけ成長しているか」が加速度です。

先週1週間で+9000回再生されていた動画が、今週1週間で+9万回再生されていれば、「さらに次の週の“伸び”も成長していく」、つまり「右肩上がりに成長していく」ことが“イチ早く”予想できそうに思いませんか?

「MACD」という指標を理解したい。

少し長くなり申し訳ありません。さて今回の株の自由研究は、連載を読んでいるこの友人のリクエストからのお話です。

MACD(マックディー)って指標をよく使うんだけど、数学的に何を見て評価しているのか、納得できる解説を読んだことがなんだよね」

と。(いやいや……、これまでに良い解説を見たことないなら、専門家じゃない僕にその解説をするのは困難では……)という心の声が聞こえる中、とりあえずMACDという指標が何か調べてみたところ、

「MACD」とは:
MACDは、MACDラインとシグナルラインの2本のラインを用いて相場を読む手法です。長短2つの移動平均の差を1本のラインで表したMACDラインと、MACDラインの値をさらにある期間で平均したシグナルラインを組み合わせて売買のタイミングを計ります。(SMBC日興証券 初めてでもわかりやすい用語集 より)

うーん、たしかに何が何やら少しムズカシイ。

ただ、数日この説明とにらめっこを繰り返して、ひっくり返って考えていたところ「あれ? これって」と気付くことが幾つかありました。

というわけで、今回の自由研究のテーマは『MACDという指標が何を意味しているのか、“物理学者らしく”トコトン調べてみよう』というお話です。

伸びる気配を知る指標

さて、この分析を始めるまえに、株の世界で『MACDという指標がどう使われているのか』に触れておきます。

株に詳しくない僕なりにあれこれ調べたところ、「上昇/下降トレンド、株価の“伸びる気配”をイチ早く読みとれる指標」なんだとか。

お、これは! そうです、ここで話が繋がるわけです。

MACDというのが「株価の伸びる気配を知る指標」というならば、さっきの話で言い換えるところの「株価の加速度を表す指標」なんじゃないの……? という仮説が浮かび上がってくるわけです!

というわけで、ここから株価の加速度というものを数学的に表現していきます。

少し余談ですが、「どんな指標か分かっているなら、使い方だけ勉強すればいいんじゃない?」と思う方もおられますよね。

ただやっぱり『どういう数学的意味を持った指標なのか』を知ることで、指標を通して自分が今何を見ているのかクッキリするのが気持ちいいんです。こればかりは学者気質で申し訳ありません。

株価の加速度

株価の加速度というものをどう数学的に評価するのか……とお思いの方。実は、これを考えるために活躍する絶好の道具が前回(第5回)に作った数理モデル「平均比較法」なんです。

どんなお話? という方のため簡単にまとめると、「何かの変化率を知りたいときは、知りたい値と「過去数日間の平均値」と比較すると変化率が分かる!」というアイデアでした。

「けれど、それを株に使って分かるのは株価の伸び(変化率)だけでは……?」という疑問をもたれた方、ご明察です。

確かに前回は株価の伸びを評価するためにこのアイデアを使いました。ただ今回はもう少しだけ、大胆さをもってこの道具を使ってみます。

少し具体的に、株価の世界でお話を進めます。平均比較法を用いて株価の変化率を知るというのは、「今日の終値」と「移動平均線(=過去数日間の平均株価)」を比較することに対応していました。

そしてそれを応用して、「今週の平均(5日移動平均線)」と「今月の平均(25日移動平均線)」を比較すれば、「来週の平均」が大まかに読み取れそうだというお話でした。

再生回数のお話をもう一度思い出すと、ある動画の再生回数の「伸び」が速度ならば、「「伸び」自体がどれだけ成長しているか」が加速度でした。

そして「5日移動平均線」と「25日移動平均線」の“差”=【株価の上昇度合(伸び)】なので、【「2本の移動平均線」の“差”】自体がどれだけ成長しているかを追ってあげれば株価の加速度が分かりそうですね!

物理っぽい言葉をあえて使えば、“速度の変化率”が加速度を表しているように、株価の加速度を知るには“株価の伸びの変化率”を知ればいいというワケなんです。

MACDの数学的背景

少しややこしくなってきた……とお思いの方のために、今いちど目的の「MACD」に立ち返ってみます。

MACDは、MACDラインとシグナルラインの2本のラインを用いて相場を読む手法です。長短2つの移動平均の差を1本のラインで表したMACDラインと、MACDラインの値をさらにある期間で平均したシグナルラインを組み合わせて売買のタイミングを計ります。(SMBC日興証券 初めてでもわかりやすい用語集 より)

ここに出てきたふたつのライン、ここまでを踏まえて次のように“翻訳”してあげます。

●「長短2つの移動平均の差を1本のラインで表したMACDライン」:「5日移動平均線」と「25日移動平均線」の“差”=【株価の上昇度合(伸び)】
●「MACDラインの値をさらにある期間で平均したシグナルライン」:その“差”、【株価の上昇度合(伸び)】の過去数日間平均

ここで気づいてもらえるととても嬉しいのが、そうです、MACDは「【「2本の移動平均線」の“差”】自体がどれだけ成長しているかを知るために、【株価の伸び】を平均比較法で評価していた」ということなんです!!

実際の株価で答え合わせ

というわけで、最後に実際の株価で確認してみます。ある日の「 味の素 の株価推移」に、「MACD」を添えた図が下の通りです(7/9〜10/17の味の素の株価データを参照)。

株価グラフの下に表されている「赤い線」が【株価のいまの上昇度合(MACDライン)】を表していて、「青い線」が「【株価のいまの上昇度合】の過去数日間平均」です。

平均比較法のアイデアだと、この差が【株価の伸びの成長度合】=「株価の加速度」を教えてくれるはずで、MACDシグナルでは棒グラフで表現されています。

これはすごい! 特に上昇/下降トレンドの始まりに注目してみてください。たしかに、「上昇/下降トレンド、株価の“伸びる気配”をイチ早く読みとれる指標として優秀ですね。

ちなみに株の世界では『「何日平均」と「何日平均」を比較したMACDが便利だ』とか“方法論”だけが独り歩きしているのを見かけます。ただ、意味が分かれば『このMACDはどのスケールの変化を追っているのか』を少し肌感覚で理解できそうですよね!

さて、今回もお付き合いお疲れ様でした。

すこし難しかったかもしれませんね……ただ個人的には『MACDという指標が何を意味しているのか』についての解釈が読める記事が今まで少なかったので、自分なりに“物理学者らしく”トコトン調べた結果をこのようにまとめられたのはとても楽しかったです。

研究者というのは、自分の調べた結果を論文にまとめて公開することに楽しみを覚える生き物なのです。今回もお礼に、味の素の株を10000円分買いました。