1980年に発売し日本のプロテイン市場を築いてきた『ザバス』。目下、新たなユーザーを獲得しているのが、その飲料タイプである『ザバスMILK PROTEIN』だ。コロナ禍の運動不足解消目的や女性層の購入も目立ち、2016年の発売から5年ほどで売上は10倍以上に。躍進の背景を株式会社 明治 マーケティング本部の平松貴志さんに伺った。
発売当時はボディビルダーのイメージだったプロテイン
1980年の発売から20年近く市場はなかなか広がりませんでしたね。当時の日本はスポーツ系のサプリメントもなく健康食品と聞けば、病気予防を連想してしまうような時代でした。
『ザバス』は当社が明治製菓だった頃にスタートしたプロテインのブランドですが、開発の背景には「健康食品のネガティブなイメージを払拭しよう」という想いもあったと聞いています。
プロテインはたんぱく質のことで、運動により壊された筋肉を修復するのに必須の栄養素です。今でこそ「運動直後に摂取すると良い」などの知識も広まってきましたが、80年代はアスリートにもプロテインが浸透していなかった時代です。当時の日本では高齢者の床ずれ予防に使われていたり、一方で欧米のボディビルダーブームにより筋肉増強剤的なイメージが先行していたんですね。
最初は直接販売です。インターハイや国体などに出場するスポーツチームや個人に向け、食事や栄養補助食品の重要性を伝えるなど地道な販売を行いました。十数年続けるなかで、選手からのフィードバックを受け「溶けやすく、飲みやすい」商品へと改良を続けてきたいきさつがあります。
1990年代後半にはドラッグストアでの展開を始め、一般にも入手しやすくなりました。健康食品ブームの黎明期でもあり、健康や美容のためのサプリメントが次々と登場していた頃です。
とはいえ、プロテイン関連食品は当時ほぼ『ザバス』だけ。商品も筋肉をつけたい人向けの牛乳由来のホエイプロテインのみで、扱いは陳列棚のほんの一部でした。その後、身体を引き締めたい人たちに向けて大豆原料のソイプロテインを発売し、美容目的の方からも少しずつ注目を集めるようになりました。
リニューアルしたプロテイン飲料が市場を広げる起爆剤に
『ザバスMILK PROTEIN』はプロテインのハードルを一気に下げた商品でもあります。というのも、『ザバス』は粉末を中心に展開しており、水や牛乳などと溶かして飲む工程が必要です。内容量が多い分、1回あたりのコストは安くなりますが、初心者がいきなり買うには価格もそれなり。このため購入層は運動強度が高めの方が中心でした。「健康に良さそうだから一度試してみよう」といったことが気軽にできなかったわけです。
一方の『ザバスMILK PROTEIN』は水などに溶かす必要はなく、そのまま飲めるドリンクタイプです。コンビニやスーパーでジュースを買う感覚で試せるため、これまでプロテインを飲んだことがなかった方の購入も増えました。ほぼゼロだった市場を掘り起こしたのに近い感覚ですね。
おっしゃる通りで、きっかけとなったのは2013年に発売した『明治スポーツミルク』というプロテイン飲料です。名前の通りスポーツをする方を対象にスーパーなどで販売していましたが、市場の反応は乏しかったですね。ヒットに至らなかった理由はいくつかありまして、ひとつはターゲットにズレがあったこと。
運動強度に「強」「中」「弱」があるとして、『明治スポーツミルク』のターゲットは「中レベル」のトレーニングをする方向けでした。けれど、その層にはどうもハマらず、たまに購入してくれる方は「運動強度の高い人たち」でした。結局、2013年時点ではわれわれが思うほど、プロテインは浸透していなかったんですね。
また、『明治スポーツミルク』は飲みやすいとは言えませんでした。
牛乳に似た風味で、運動した直後には少し重い。サイズは1ℓと200mlの展開でしたが、1ℓは一人ではなかなか飲みきれない。「最適な量」も模索していた段階だったと思います。
当時は世の中の健康意識の高まりとともにスポーツ人口も非常に増え、健康系の商品が伸びている時期でしたし、簡単には諦められませんよね。もちろん、「運動後にすっきり飲みやすい乳飲料」の開発には苦労しましたが。
現在、『ザバスMILK PROTEIN』には複数のフレーバーがありますし、例えば、酸味の強いフルーティーな味も人気の一品です。「運動直後の飲みやすさ」を目指したものですが、「乳飲料に酸味が合うかどうか」は未知数でした。
味のゴーサインが出ても開発過程で「たんぱく質の性質上、酸味を加えると固まってしまう」などのトラブルが起きたり、試行錯誤の繰り返しでしたね。
ネーミングは『明治スポーツミルク』→『ザバスミルク』→『ザバスMILK PROTEIN』と変遷をたどっています。プロテイン効果を訴求するなら、既にその市場で一番手の『ザバス』ブランドを活用すべきということで、まずは『ザバスミルク』に変更。ただ、この場合、「ザバス=プロテイン」をイメージできる方にしか訴求できません。
『ザバスミルク』はスポーツジム近隣のスーパーなどで局所的に売れる傾向がありましたが、買ってくださった方はプロテインユーザーの方だったんです。新しい層を開拓したいのなら「プロテインまで入れるべき」という判断で『ザバスMILK PROTEINに再び変更したのが2016年です。「ザバス=プロテイン」であることを伝え、「プロテインを飲んだらどうなるの?」という情報を商品そのものでお伝えしたんですね。
「ザバスの価値が落ちるのでは?」最初は不安もあった
『ザバス』は明治製菓時代から展開してきた商品で、『明治スポーツミルク』はもともと明治乳業だった部隊が開発しています。両者をかけ合わせた『ザバスMILK PROTEIN』はそれぞれの部署の技術や人材が活きたシリーズとなります。
明治製菓と明治乳業は2009年に経営統合し2011年に事業再編し、今の株式会社 明治になりました。シナジー効果を期待して、これまでも『ヨーグレット・ハイレモン』や『チェルシー』ブランドの飲料版など様々な商品を開発してきました。その中でも『ザバスMILK PROTEIN』はシナジーを大いに発揮している商品なんです。
もちろん、違う文化を持ちながらひとつの商品を作るのは大変です。明治乳業は日本を代表する乳飲料メーカーとして100年もの歴史がありますし、一方の『ザバス』にしても、スポーツチームに栄養指導をするなど地道な活動を続け、数十年かけて今の地位を築いてきたブランドです。
『ザバス』としては乳飲料タイプを出すこと、コンビニエンスストアなどに販路を広げていくこと等で「ブランドの価値が変わってしまうのではないか」という不安の声もあったと聞いています。しかし蓋を開けてみると『ザバスMILK PROTEIN』はブランドの大きな追い風となり、発売5年で初年度の10倍以上の売れ行きとなるなどご好評いただいています。
後編では人気のブリックタイプや、コロナ禍での急成長をお話したいと思います。