コロナ禍でSaaS企業の営業・マーケ費用は増えた?

フロッギー版 決算が読めるようになるノート/ シバタ ナオキ

カエル先生の一言

シバタナオキさんによる「決算が読めるようになるノート」のフロッギー版第5回。今回は、コロナ禍でSaaS企業の営業・マーケティング費用は増えたのか、解説していきます。

A.日本のSaaS企業の営業・マーケティング費用の対売上比率は、コロナ前とほぼ同程度。海外のSaaS企業のSales Efficiencyもコロナ前とほぼ同程度。

Sansan 2021年5月期 第3四半期 決算説明資料(2021年4月13日)
マネーフォワード 2021年11月期 第1四半期決算説明資料(2021年4月13日)
Covid’s Impact on Software Sales Efficiency

※以下の解説で使用したスライドは、Sansan 2021年5月期 第3四半期 決算説明資料(2021年4月13日)、マネーフォワード 2021年11月期 第1四半期決算説明資料(2021年4月13日)、「Covid’s Impact on Software Sales Efficiency」から引用しています。

Q.コロナ禍でSaaS企業の営業・マーケ費用は増えたのか? 営業効率に変化は?

ヒント:主な営業・マーケ費用はTVCMなどの広告宣伝費、営業人件費などです。営業活動は、対面型からオンラインなどの非対面型に切り替わっています。

コロナ禍における企業の営業・マーケティング活動は、コロナ以前の対面営業中心の営業活動から大きく変化しました。現在、非対面による商談(オンライン面談)の希望が70%超※となっており、コロナ前の35%※からニーズは倍増しています。

※新規BtoB商談、「非対面希望」が70%超、「対面希望」は約8%に減少。昨年対比で「非対面希望」が1.6倍へと伸長(データ出所:株式会社ユニラボのプレスリリースより)

この変化は、BtoBのSaaS企業にとっても例外ではありません。コロナ前のBtoB営業は対面営業が中心であり、特に新規提案の場合は、顧客の信頼を獲得したり、関係性を強化する観点から、対面営業が中心となっていました。

SaaS(Software as a Service)とは、ソフトウェアをパッケージで販売するのではなく、インターネットを経由して「月額いくら」など利用期間に応じて使用料金を徴収し、定額のサブスクリプション型により売上をあげるビジネスモデルのひとつ

今回の記事では、営業スタイルの変化によって、コロナ禍におけるSaaS企業の営業・マーケティングの効率性にどのような変化があったのかについて、詳細に解説していきます。

日本のSaaS企業だけでなく、米国のSaaS企業についてもSales Efficiencyという指標を元にコロナ禍における変化を紐解いていきます。

まず最初に、2021年4月13日に発表されたSansanとマネーフォワードの決算説明資料から業績を俯瞰してみます。

Sansanの決算概要

Sansan事業、Eight事業ともに好調で、連結決算は増収・増益となっています。

Sansan決算スライド

2021年5月期3Q(2020年12月−2021年2月)の売上は41.2億円で前年同期比(YoY)+21.9%、営業利益は1.36億円でYoY+62.1%となっています。売上は安定的な成長を維持し、利益は売上以上に大きく増加して好調な結果となりました。

Sansan事業に限ると、2021年5月期3Qの売上は37.5億円、営業利益は16.7億円で大きく収益化していることがわかります。Eight事業の赤字(▲1.8億円)とセグメントに帰属しない一般管理費などの調整額(▲13.6億円)の合計額(15.4億円)を上回り、連結営業利益の黒字化に大きく貢献しています。

次に、連結営業利益の増減要因について見ていきましょう。

Sansan決算スライド

連結営業利益の増減に影響を与える主な費用のひとつが、広告宣伝費になります。2020年5月期3Qの6.25億円に対して2021年5月期3Qが7.94億円、YoY+27%となり売上の伸び以上に広告宣伝費を増やしていました。

クラウド名刺管理ニーズが高まっていることを背景に、Sansanは、広告宣伝費の投下による知名度向上が収益化に繋がると判断し、売上以上に広告宣伝費を増やしているものと思われます。

それでは、マネーフォワードの業績を見ていきましょう。

マネーフォワードの決算概要

全事業ドメインで高成長を継続しており、特にBusinessドメインが成長を牽引しています。

マネーフォワード決算スライド

2021年11月期1Q(2020年12月−2021年2月)の売上は34.7億円でYoY+45%となりました。主力事業であるBusinessドメインの売上が23.6億円でYoY+51%となり、好調を維持しています。

売上好調の理由は、Businessドメインの顧客ターゲットである個人事業主の課金数の成長が加速したこと、マネーフォワードシリーズのプロダクトラインナップを拡充したことで中堅企業のARPA(Average Revenue Per Account=1顧客あたり売上)が増加したことによるものです。

次に、売上総利益とEBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization=税引前利益に支払利息と減価償却費を加えた利益)について、見ていきましょう。

マネーフォワード決算スライド

2021年11月期1Q(2020年12月−2021年2月)の売上総利益は25.4億円でYoY+52.5%となりました。売上が増加する一方、売上原価(コスト)がそれほど上がっていないため、売上総利益率が向上しています。

EBITDAは3.58億円で、前年同期の赤字▲4.6億円から一転して黒字化し、過去最高水準となっています。また、広告宣伝費を除いたEBITDAは9.1億円となっており、YoYで約6倍に急上昇しています。

次に、費用内訳について解説していきます。

マネーフォワード決算スライド

費用内訳の中で、EBITDAに大きく影響を与える一つが広告宣伝費になります。2020年11月期1Q(2020年12月−2021年2月)の広告宣伝費は5.52億円でYoY▲9.8%となり、売上がYoY+45%で大幅に伸びているの対して、金額は抑え気味となっています。

ただ、前四半期の2020年11月期4Q(2020年9月−11月)を見ると、TVCMなどの大型マーケティング投資をしたため、広告宣伝費は14.3億円でYoY3.3倍です。今後も、外部環境や競合状況を見ながら、広告宣伝費を増やす可能性が高いと思われます。

ここまでは、Sansanとマネーフォワードの決算説明資料から、両社の業績と広告宣伝費を俯瞰して見てきました。

Q.「コロナ禍でSaaS企業の営業・マーケ費用は増えたのか? 営業効率に変化は?」の答え

A.日本のSaaS企業の営業・マーケティング費用の対売上比率は、コロナ前とほぼ同程度となっています。海外のSaaS企業のSales Efficiencyも、コロナ前とほぼ同程度です。

ここから、日本のSaaS企業の営業・マーケティング費用の対売上比率を詳しく解説していきます。

日本のSaaS企業の広告宣伝費・営業マーケティング費用のコロナ禍での推移

コロナ前をFY19Q4(2019年10月−12月)、コロナ後をFY20Q4(2020年10月−12月)として、コロナ前後の営業・マーケティング費用の対売上比率を具体的に見ていきます。

明確に比率が減っているのはラクスとSansanの2社になります。フリーは微減、一方、マネーフォワード、サイボウズは大幅に比率が上昇しています。

次に、各企業の営業・マーケティング戦略の特徴について解説していきます。

日本のSaaS企業の営業・マーケ戦略の特徴

四半期ごとの売上に対する広告宣伝費率をグラフにすると以下のようになります。

各社発表の決算データをもとに著者シバタナオキ氏が作成

広告宣伝費を抑えている場合はグラフが右肩下がりになりますが、全体としてそれほど下がってなく、コロナ前後で大きな変化は見られないようです。季節要因による変動があるため四半期ごとで増減はありますが、売上に対する広告宣伝費率は、年単位で見ると、ほぼ同程度のようです。

ここから、企業別で見ていきます。

フリーとプレイドは、売上に対するS&M比率(広告宣伝費や営業人件費等の比率)を利用しているため、他社に比べて数値が大きく見えます。S&Mを利用する理由は、広告宣伝費だけでなく営業人件費等も売上に紐づけて、それらの費用を適切にコントロールしているからだと考えられます。

Sansanは、コロナ禍で広告宣伝費を若干抑え気味にしていましたが、2021年2月に入ってTVCMを再開するなど成長のための投資を実行したため、売上に対する広告宣伝費率が再び上昇しています。

広告宣伝費を抑えているラクスは、広告宣伝費の割合が他社よりも小さくなっています。人材採用を持続的な成長投資とし、広告宣伝費を抑えて効率的な収益体質を維持することで、高収益を実現しています。

マネーフォワードは、コロナ禍においてクラウドサービスの需要が高まっていることを背景に、顧客獲得の好機ととらえて、広告投資を加速させているように見えます。

次に、海外のSaaS企業の営業効率がどのように変化したのか解説していきます。

海外のSaaS企業の営業効率に変化はあったのか?

海外のSaaS企業にもコロナによる影響は大きく、対面営業が難しく多くの打ち合わせはZoomなどでオンラインで実施、これまでは営業活動の場であった多くのカンファレンスもオンラインでの開催となりました。

そのような状況において、海外SaaS企業の営業効率は改善したのでしょうか、それとも悪化したのでしょうか?

ここから、海外のSaaS上場企業のSales Efficiencyをコロナ前後で比較し解説していきます。

出所:Redpoint Ventures社のTomasz Tunguz氏による「A SaaS History Lesson – The First SaaS Company’s Exceptional Journey」より

Sales Efficiency(SE)は、SaaS企業の営業効率を測るもので、営業・マーケティング費用に対して翌年1年間でどのくらい売上が発生するのかを示す指標です。単純に、この数値が大きいほど営業効率が良いということになります。

グラフの赤い線が、海外のSaaS上場企業のSEの中央値になります。「SEが0.5程度」ということは、つまり、投下した営業・マーケティング費用を約2年で回収できるということになります。

時系列で見ると、コロナ前の2019年と比較して、2020年は大きな変化はありません。むしろ、2020年の1年間を通して見ると、年後半は若干改善傾向であるように見えます。

次に、SEが優れている上位25%の企業、次に上位50%、上位75%と、カテゴリーに分けて数値を見ていきます。

Redpoint Ventures社のTomasz Tunguz氏記事より

上から SEが上位25%、上位50%、上位75%となり、それぞれのSEの中央値を見ると、どのカテゴリーでも、コロナ前後で大きく変化はしていません。上位25%のカテゴリーでは、2020年後半からSEが上昇し、2021年にSEが0.6を超えていることがわかります。

SaaS企業の営業効率は、一時的な営業効率の低下があったものの、オンライン営業主体のコロナ禍でも大きく変化していませんでした。

上位25%のカテゴリーに注目してみると、2019年以前はSEが0.7を超えていました。今後コロナ禍において、オンライン商談を活用した優れた営業活動を行うことで、SEがさらに上がるのか注目していきたいと思います。

まとめ

今回の記事では、KPIデータベースから得られた知見をもとに、国内のSaaS上場企業の決算説明資料を俯瞰しながら、SaaS企業の営業・マーケティング費用の変化を俯瞰してきました。

コロナ禍においてSaaS企業各社は、営業・マーケティング費用を抑えて利益を確保するよりも、将来の売上のために広告宣伝費や人材投資をする傾向にあることが明らかになりました。

日本のSaaS企業の営業・マーケティング費用の対売上比率は、コロナ前後でほぼ同程度です。営業効率についても、海外のSaaS企業のSales Efficiencyのグラフから読み取れるように、コロナ前後で比較してほぼ同程度となっていました。

対面営業がZoomなどによる非対面のオンライン営業に変わり、大規模カンファレンスの開催は大幅に減りウェビナーは頻繁に開催され、受注目前のクロージング営業ですらオンラインで完結することが可能です。

ウェブ会議ツールやオンライン商談向けソフトウェアなどの営業ツールを最大限活用することで、対面営業なしでも営業コストの効率性を悪化させずに営業できてしまうことが証明されたとも言えるでしょう。

Sansan
マネーフォワード
フリー
ラクス
サイボウズ
プレイド