ベンチャーの競争力はスピードのみ。平時でも非常時でも変わらない

コロナ時代のニューノーマルをつくれ!/ 熊谷 正寿

そのスピード感はベンチャーならでは。コロナショックの中、国内でいち早くリモートワークを実施したGMOインターネットグループ。代表の熊谷正寿氏は「(決断するには)シンプルな行動原理を持つべき」だと以前より語っていた。在宅勤務期間中には過去最高益を更新し、リモートワークの代表的存在にもなったが、一方でオフィス不要論には懐疑的とも。「あくまで武器の1つ。節度あるリモートワークを続けたい」と語る(※本取材はリモートにて実施)。

国内感染者3名の時点で4000人のリモートワーク移行を決断

――2006年、御社が倒産の危機に瀕した時、熊谷代表は巨額の買収を断り、自ら数百億の借金を背負って社員を守りました。本年1月、今度は「社員の命を守るため」、国内でいち早くリモートワーク体制に移行。その背景をお話頂けますか。

シンプルに考えて、正しい経営判断は「在宅勤務の発動」しかないと思えたんですよ。

当時、国内感染者はまだ3名でしたが、中国の感染者数や日本の検疫状況を鑑みるとSARS以上の広がりは避けられないと感じました。

中国人観光客が多いのは1位が大阪で2位が東京です。当時、オフィス周辺は観光客がごった返しており、通勤するにもランチに行くにもリスクがともなう。国内4650人のパートナー(※社員)のうち東京渋谷区、大阪府大阪市、福岡県福岡市にいる4000人をまず在宅勤務としました。

決断できた背景には、東日本大震災以降、年に1度、防災訓練を在宅勤務を含む全パートナーと実施してきたことが大きいです。僕自身、これまでも世界中のあらゆる場所からリモートワークをしましたし、幹部は常に衛星電話を携帯している。つまり、在宅勤務へ移行しやすい土壌はあったわけですね。

土曜日に災害本部で在宅勤務を検討し、週明けには発動と、スピード感も注目されましたが、実を言えば、ベンチャー企業の日常なんてこんなもの。こうした組織の習慣がリモートワークにも役立ちました。

僕らは何かアクションを起こす時、必ず明確に期限を決めるんです。たとえば「今週中」という漠然とした言葉を使う組織と「金曜日の18時まで」という組織とでは、1回につき6時間の差が出てしまう(※今週中=金曜24時締切と考えた場合)。それを10回やれば60時間分です。仕事の進行に差が出ないはずはないと思います。

GMOインターネットグループは分単位の期限管理が当たり前なので、在宅勤務でも仕事は遅れないし、溜まらない。指示を出した上長も部下の進捗がしっかり把握できているのでストレスと無縁でいられる。業務に支障をきたすこともありません。在宅勤務を即断しても、スムーズに移行することができたのはこの組織の習慣にあるでしょう。

もちろん、長期に渡る分、不満や課題は生じます。社内アンケートで抽出し、その都度、さまざまな改善も行ってきました。GMOはこの4ヵ月でさらに「リモートワークのしやすい会社」に変貌したと思います。グループ全体の取り組みとしては、在宅勤務で浮いたオフィス経費を支給する「オフィスコスト還元プログラム」をスタートしたり、グループ会社によっては、「周辺機器の購入」などの一定額の補助を実施したり。

在宅勤務体制の最初の段階では、原則は在宅勤務としながらも1000人ほど出社するパートナーがいました。その理由として「印鑑を押すためだけに出社する」という者も中にいたのですが、さすがにありえません。4月には顧客に提供する全サービスで印鑑を廃止し、取引先との手続きも電子契約のみとする方針を発表しました。

その過程は「はんこ完全廃止まで44時間44分の記録」としてHP上でも公開しています。これもまた「リモートだからできたスピード感ですよね?」などと驚かれますが、実はリモートワークは関係ありません。僕らはずっとこのスピードで仕事をしてきた、ただ、それだけのことです。

結局、ベンチャーというのは、スピードしか競争力がないんですよ。ヒト・モノ・カネでどうしても大企業に劣る僕らはスピードこそが武器。それは平時でも、今回のような非常時でも、まったく変わらないと思っています。

リモート取材に答える熊谷会長

すべての会社がIT化。トリガーは5Gではなくコロナだった

――2020年第1四半期は過去最高の業績でした。決算会見の際に熊谷代表は「3年間で起こる変化が3ヵ月間で起こった」と語られていましたが。

僕の感覚的には一気に変わりました。

今年1月のグループ新年会の時、パートナーにこう言いました。「インターネット革命は今が折り返し地点。この後、5Gの到来ですべての会社がインターネット化する」と。

インターネットが産業革命であることに疑問の余地はないと思いますが、過去の産業革命を見ると平均55年間続いている。インターネットが『Windows 95』から始まったとすると、今年で25年目です。つまり、今が折り返し地点なんです。

前半戦の25年は僕らのような「インターネット企業」と「それ以外の一般企業」とに分かれていました。後半戦には全ての会社がIT化するはずだと、当初から予測していました。新年会では「そのトリガーは5Gになるよ」という話をしたんですが、そこだけは違いましたね(笑)。

実際は5Gではなくコロナがきっかけだった。さまざまな一般企業が「お店に人が来ないから」とeコマースを使ってモノを売る。教育機関がオンライン授業のために新たな設備投資をする。接続やプロバイダ、IT決済やセキュリティなど、僕らには25年前から続けてきたインターネット商材があります。「すべての人にインターネット」を合言葉にコツコツとやってきた事業ですが、今回、申し込みは過去最大級となりました。

おかげさまで、2020年の第1四半期(1月―3月)は売上、利益とも過去最高を更新しています。利益というものは、売上が一定量ありさえすれば経費を削減するなどで無理やり生み出すこともできますが、そうしたネガティブな数字ではありません。純粋にトップラインが上がり、お客様が増えての利益増加がわれわれの足元になります。

緊急事態宣言は解除されましたけれど、このトレンドはしばらく変わらないはず。DX化、いわゆる「デジタルトランスフォーメンション」が流行り言葉のようになりましたが、一般企業のIT化がここで一気に加速すると見ています。

「節度あるリモートワーク」こそ、アフターコロナの新しい武器

――リモートワークで成果を出した御社ですが「(本社のある)東急ビルのオフィススペースを解約するつもりはない」ともおっしゃっています。オフィス不要論が噴出する中、GMOインターネットグループの今後の在宅勤務のあり方は。

いち早く在宅勤務にしたことで、われわれは期せずしてリモートワークの代表銘柄のようになりましたが、オフィス不要論は極論だと思います。

自社オフィスについてですが、渋谷のグループ本社、第2本社だけで月3億円の家賃を払っています。この4ヵ月間、在宅勤務でほぼ使っていなかったというのはもったいなかったと思います(笑)。

ですが、僕らは東急グループさんに支えられながら成長しました。渋谷のオフィスがあったからこそ今ここにいる。効率だけを考えて、お世話になった方に不義理をするのはちょっと違うと思います。リモートワークは今のオフィススペースを削減するのではなく「未来家賃の削減」のために使っていきたいです。

グループとしては完全リモートワークでも業務には大きな支障はないことが確認できました。けれど、お客様の中には在宅勤務にできない方もいらっしゃる。先方が出社しているのに、サービスを提供する側の僕らがどうしてずっとリモートワークでいられるのか? そういう話だと思うんです。オフィス不要と言いますが、ビジネスをやっている以上はお相手に合わせるべきです。

もちろん、リモートワークが新しい武器であるのは間違いがない。

今後は地方にいる優秀な人材をリモート採用できますし、パートナーを”痛勤”地獄から解放し、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を上げることもできます。節度をもってこの2つの武器を使っていきたい。僕らが目指すのは、この「節度あるリモートワーク」です。

グループでの在宅勤務は今後も週1日から3日程度は継続していく予定で、全体の約40%が常時在宅勤務になります。このため、新しいパートナーが増えてもオフィスを増やす必要がない。

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結局のところ、この4ヵ月間、リモートワークを完遂できたのはパートナーのおかげなんですね。期間中にコロナ支援としてサーバーの無料貸し出しや食品販売支援などさまざまなサービスがスタートしましたが、誰の指示でもなくグループ各社から自然発生的に立ち上がっていった。

91年に自分ひとりで始めた会社が、仲間の力で進化していく。こんな風になるなんて当時は誰も信じられなかったでしょう、非常にありがたいことです。実はこの後、幹部会があるのですが、テーマは「仲間に感謝する」なんですよ。

思うのは、やっぱり、ピンチはチャンスだということ。

今、コロナで世の中全体が滅入っていますが、ビジネスマンならそっちサイドに行ってしまってはダメなんです。「コロナだから困っちゃったな」と言っているだけの、その思考のままではビジネスはできない。現況を俯瞰する、幽体離脱して外から眺めるような姿勢が大切です。窮地に陥ってもチャンスがないか、何をすべきか、絶えず自分自身を見つめることだと思いますね。

GMOインターネット