お金より時間が大事な現代の若者が、「働きたい」と集まる店とは【後編】

デリシャスな起業家たち/ 猿丸 浩基

新連載、「デリシャスな起業家たち」。本連載では、飲食業界で新しい取り組みを始めている人の価値観に迫り、そこから時代の流れを読み解いていきます。
第1回のゲストは、カルチャーの発信地にもなっているスライスピザの店「PIZZA SLICE」を経営する、猿丸浩基さんです。ニューヨークさながらの雰囲気が漂う「PIZZA SLICE」。人手不足に悩む飲食業界にあって、貼り紙をするだけでスタッフが集まるそうです。その背景には、猿丸さんの若い世代への洞察、そして「ストレスなく働いてほしい」という願いがありました。
「カッコいいかどうか」で判断する。そうしないと、いい店はつくれない【前編】を読む

食べログでボロクソに書かれても怒らない

−−PIZZA SLICEのお店は、内装だけでなくスタッフのサービスからもニューヨークの空気感が感じられます。何かしら明確なゴールイメージを持って、お店づくりをされたのでしょうか。

サービス、よかったですか? ありがとうございます。ニューヨークスタイルというと聞こえはいいですけど、基本的には自由にさせているだけなんです。だから接客は賛否両論ですね。食べログとかでボロクソに書かれてることもありますよ(笑)。

−−ええ! そうなんですか。フランクな感じがかっこいいと思ったのですが。

僕も、海外のゆるい接客はいいなと思います。合間にスマホ見てたり、飲み物を飲んでたりしても、別にええやんって。だから、スタッフには「ほんまに普通にしてくれてたらいいから。人間としていい人であれば、敬語が使えなくても、うまく笑顔つくれなくてもいい」と言ってるんです。

高級レストランだったら、ピシッと礼儀正しい接客をすることが求められると思うんですけど、客単価1000円以下のお店でホスピタリティを求めるのはおかしいですよね。

−−たしかにそうですね。

僕はスタッフの精神的な苦痛を、極力減らしたいんです。ピザ屋はただでさえ、肉体的につらい仕事なので。まあ、僕の対応に甘えて、素敵じゃない接客をしちゃう子もいて、そういうときは悲しくなりますね……。悲しいけど怒りません。

−−えっ、怒らないんですか。注意したりも?

しません。店の経営者としてはダメですよね(笑)。でも、無理にああしろこうしろって言っても、自分で変わりたいと思った人しか変われないと思うんですよ。こんな感じで自主性に任せてるから、成長スピードは遅いです。これも飲食店経営における挑戦なんですよ。つぶれてしまったら、僕のスタッフ育成のやり方が間違っていたということです。

スタッフが成長するのに合わせ、ビジネスも成長させる

−−直接クレームが来ることもあるんですか?

30代以降のお客さんからはありますね。やっぱり、ある程度の年齢までいくと、自分の中での常識みたいなものが確立しているから、それとうちの接客が反していると気になるんでしょう。でも、10代、20代のお客さんからクレームがきたことはないです。そしてPIZZA SLICEのお客さんは、圧倒的に10代、20代が多いんですよ。

−−では、客層にマッチしてるんですね。

そうですね。こういう若者が集まる店も必要やと思うんです。今そういう店ってマクドナルドとかスターバックスくらいしかないけど、10代、20代が主役のお店はもっと東京にあっていいんじゃないかな。社会的には生意気に見える子たちのたまり場になったとしても、そういう子たちがカルチャーをつくると思っているので。

−−PIZZA SLICEのスタッフは、どうやって募集しているんですか?

店に募集の紙を貼るくらいですね。求人媒体に出稿したことはありません。貼ると何人か「ここで働きたいです」と履歴書を持って来てくれるので、そこから面接して採用しています。

−−すごい! 飲食店は今、多くの店が人手不足に悩んでいると聞くのに。

無理をしていないからだと思います。うちは、「新店オープンしたいから募集!」「売上拡大したいから募集!」ってわけではないので。働きたい人が来てくれたら雇うし、人が増えたら店を出す。基本は、人ありきです。

今、日本橋にセントラルキッチンとなる工場を建てているんです。これも、スタッフのライフステージが変わっていくのに合わせています。スタッフがこれから結婚したり、出産したりしていったら、もっと稼がせてあげたい。だから僕には、新しい仕事やポストを用意する責任があると思っています。

10代は、不景気の受け入れ体制が整っている

−−スタッフにとってはありがたい経営方針ですね。

もうね、とにかくほんまにスタッフに辞めてほしくないんですよ。スタッフが辞めるとけっこうダメージくらいます。自分があかんかったかな、と思う。普通の飲食店っぽいことしてしまったかな、って。普通に「売上が」みたいなことを言ってると、スタッフがおもろない雰囲気になるんですよ。それは本当に避けないと、と思ってます。空気が停滞してきたら、おもしろい企画を立てるようにしていて。7月には、スタッフ全員でニューヨークに行ってきました。

−−わあ、いいですね! それは研修として?

そんな固いもんでもなくて。研修っていうより本場のノリを感じてほしい、みたいな目的ですね。だから、僕が何軒かピザ屋に連れて行く以外は、自由時間です。メトロに乗ってみたり、クラブへ行ってみたり、自分でピザ屋を探してみたりしてほしい。そういうのを、遊びながら経験してくれたらいいなって。

−−なんていい会社なんでしょう……!

いやいや、だって普段の労働がきついですから。オーブンは熱いし、長時間働くし、普通の会社員が飲みに行くような時間に仕事が終わることなんてない。これくらいのイベントがないと、ピザ屋で働くメリットはないですよね。

お金じゃないメリットを用意しないと、今の若者は働いてくれません。10代、20代は、「お給料」と「働く内容」のバランスが超重要。「お金を稼げるんだからやれ」という理屈は通用しないんです。ストレスがないこと、時間にゆとりがあることを、とても大事にしています。

−−時間、ですか。

僕ら世代は、お金と時間は同じくらい大事だと思っているけれど、彼らは明確に時間の方が大事なんですよね。アルバイトのスタッフに、「社員になったら会社の社会保険に入れるし、もっと安定して稼げるよ」と誘っても、「週3勤務のままがいいので」と断られることがあります。

でも自由な時間で旅行などに行ってるかというと、そうではない。公園で友達とダラダラしたり、家で配信動画を見てたりするんですよね。

−−お金がかからない遊びをしている。

なんか、不景気にビビってんのは僕たち世代まで、という感じがします。10代、20代前半は不景気の受け入れ体制が整ってる。だって、生まれたときから停滞感が半端なくて、年金も払ってもらえない雰囲気が濃厚。だったら、そんなにあくせく働くことないじゃん、と。

今は、徒弟制でビシバシしごかれるような職業は苦労してるんじゃないかな。ファッションのスタイリストさんから、よくそういう話を聞きます。でも、おしゃれの第一線にいたいと思う子は一定数いる。そういう子たちが、イケてるコーヒーショップとか、うちとかで働き始めているんだと思います。うちも撮影がよくあるし、ファッション業界に近い雰囲気は味わえますからね。

これから1000円以下のフードが盛り上がる

−−おもしろいですね。フードがおしゃれな存在になってきている。

最近、フードに対してお金を使う子が増えていると感じます。インスタでおいしいお店を探して友達を誘って行く、みたいな。そういう遊び方をする子が、10代、20代前半にもけっこういるんですよね。自分の若い頃はもっと洋服とか雑誌にお金を使っていたんですけど、今の若者はフードなのか、と。だから、アパレルブランドが飲食店をどんどん出すようになってますよね。

−−青山にあるPIZZA SLICE2は、「H BEAUTY&YOUTH」というセレクトショップに併設されていますね。

これも同じ流れです。フードで若者を呼ぼうという目的ですね。「PIZZA SLICE」が10代、20代前半あたりに人気である、ということが評価されたのだと思っています。

でも僕はいま34歳ですけど、40歳になったらもう10代、20代の気持ちはわからないと思うんですよ。だから、引退は常に考えています。

−−そうなんですか!

今いる若いスタッフが育って、20代のうちに社長を継いでくれたら一番うれしいですよね。今度はその子が欲しい店をつくっていけば、会社は続いていくと思うんです。僕は彼らに権限を渡して、次は40歳の自分が欲しい店をつくればいい。

−−お店はつくり続けるんですね。それは、フードのお店ですか?

1000円以下のフード、という部分は変わらないですね。アイデアは常にストックしています。これから、1000円以下のフードビジネスは、もっと盛り上がってくると考えているんです。共働きがスタンダードになったら、さらに外食産業が発展するはず。中国の都市部とかニューヨークなどでは、夕飯を作らないで買ってくるのは当たり前ですからね。あとはデリバリーがもっと増えると思います。

−−他の国では進んでいる流れが、日本にやってくると。

日本では、1000円以下のフードのオリジナルブランドがあまり育っていないんですよ。Soup Stock Tokyo以降、新しく全国に広まっているブランドってないんじゃないかな。あとは、外国のブランドをもってきて展開するだけ。自分の国にもある店ばっかりだったら、外国から来る観光客はおもしろくないですよね。

1000円以下の、庶民の味方になるようなブランドがポンポン出てきたら、日本のフード業界ももっとおもしろくなると思うんです。スタッフがついてきてくれるなら、まだまだいろいろな店に挑戦してみたいですね。