「カッコいいかどうか」で判断する。そうしないと、いい店はつくれない【前編】

デリシャスな起業家たち/ 猿丸 浩基

FROGGYでは「デリシャスな起業家たち」という新連載をスタートします。何を食べるかは、その人の身体をつくるだけでなく、生き方にも反映されるもの。日々の営みである「食事」から、これまで新しい文化がいろいろと生まれてきました。そして今、飲食業をベースとしておもしろい取り組みをする経営者が次々に現れています。その経営者の価値観について聴くうちに、時代の流れが見えてきました。

本シリーズ第1回に登場するのは、1/8にカットしたスライスピザの店「PIZZA SLICE」を経営する、猿丸浩基さんです。2013年に代官山に1号店をオープンし、その後青山、六本木と展開している「PIZZA SLICE」。本場さながらの味と、ニューヨークの雰囲気をそのまま再現したような店構えで、多くのファンの心をつかんでいます。先輩経営者には「絶対成功しない」と言われたスライスピザの店。猿丸さんは、「儲かるかどうかでなく、ただカッコいいものが作りたかった」と言います。その真意とは。

儲け方は考えないで、とりあえず店をつくった

−−PIZZA SLICEのチーズスライス、とてもおいしいですね! チーズとトマトソースのシンプルなピザがこんなにおいしいなんて、びっくりしました。

ありがとうございます。トマトソースは自家製で、甘みが出るように長時間煮込んでるんですよ。作るのにめっちゃ時間かかりますが、このほうがおいしいので。

−−2年間のニューヨークでのピザ修業を経て、 2013年に代官山にPIZZA SLICE1号店をオープンした猿丸さん。このお店は、最初から今のような人気店だったのでしょうか?

いや、全然です。最初の1年半はつらかったですね。お客さんが来なくて、いつつぶれてもおかしくなかった。

−−そうだったんですか!

代官山店のある場所は、2013年当時、人通りがほとんどなかったんですよ。今は少し、代官山駅や渋谷駅から人が流れてくるようになりましたけどね。
でも、お客さんが来なくてもデカデカと看板出したり、値下げしたり、「ピザ売ってます!」みたいな宣伝をしたりはしませんでした。

僕がこのPIZZA SLICEを作ったのは、お金を稼ぎたかったからではなく、カッコいいものを作りたかったからなんです。だから、内装もこだわってニューヨークで知り合った友人と一緒に作りました。カウンターの高さや照明など、できるだけニューヨークの雰囲気を再現しています。

−−でも現実的には売上が立たないと、猿丸さんが暮らしていけないのでは……。

まあ、僕はお店のピザが食えれば生きていけるかなって(笑)。ほんまに毎日売上2万円くらいでしたね。お金儲けを目的に飲食店やっていると、この軌道に乗るまでの時間が耐えられないんですよ。ビジネスコンサルタントとかだったら、「早急に閉店しろ」という判断になると思います。だから飲食店は、多少アホ……じゃなくて(笑)、お金儲けと違うベクトルで生きている人がやるのがいいんでしょうね。

−−儲けを考えない。飲食店をやるとなると、家賃がいくらで、1日に単価何千円のお客さんが何人来て……と、儲けるためにいろいろ計算するものなのかと思っていました。

立地が悪くても、行きたくなる理由をつくればいい

あの、そういうお金の計算をすると、飲食店は絶対やれないと思いますよ。大手のチェーンさんは、最寄り駅の乗降客数とか、店の前を通る人の数とか、出店の際に念入りにリサーチすると思うんですけど、個人や小さい会社はそんなことしたら出店できない。それで採算取れる駅近の物件なんか、借りられないですもん。だから、計算はしなくていと思っていて。

今はみんなスマホを持ってるから、多少不便な場所でも見つけてもらえるんですよね。むしろ、駅から離れている方が「隠れた名店」だと思ってもらえることもある。だから、立地がいいかどうかよりも、どういうお店にすれば人がわざわざ歩いてきてくれるか、を考えたほうがいいと思います。僕は物件も、立地などではなく、カッコいいかどうかで選んでます。

−−そうなんですね! では、この取材をしている六本木店も?

そうですね。ここはテナントの入れ替わりが激しくて、どの店もうまくいってない物件だったんですよ(笑)。でも僕は、すごくカッコいいしポテンシャルあるなと思って借りたんです。

もっと、カッコいいかどうかという軸で飲食店やる人が増えたらいいですよね。それが結局、続けるコツでもあると思います。ほんまに自分がその店はいい、やるべきやと思ってたら、お客さんがいない時期も耐えられるんだから。

−−3店舗のオーナーでありながら、「計算しない」と言い切れるのがすごいです。

あんまり自分のこと、経営者だと思ってないんですよね。自分がほしいと思う店を作る、ただそれだけです。僕みたいなセンスの人が1万人いれば、ビジネスとしてはぎりぎり成り立つだろう、くらいの感覚。もしくは、僕が好きなものを好きになってくれるような人を育てる。

PIZZA SLICEを始める前、いろいろな経営者が「スライス売りのピザ屋がないのは、需要がないからだ。絶対にすぐつぶれる」と諭してきました。でも、「俺はそういうピザ屋、欲しいけどな。『需要ない』ってあんたの感覚やん。それ、俺とはちゃうから」って口に出さずに思ってたんですよ。若かったですしね。

そしてオープンしたら、わりとうまくいっている。「これくらいの量でピザを食べたいと思ってた!」っていう人が、僕の他にもいたわけです。この「ちょうどいい」という感覚は、飲食店にとってめっちゃ大事だと思います。時代によって変わるものなので、今「こういう料理を、こういうスタイルで食べたい」と思うフードってなんだろう、とずっと考えています。

−−今の人気ぶりを見ると、提供するピザだけでなく、猿丸さんがつくるお店の雰囲気などが「すごく好き」という人も、実はたくさんいたのでしょうね。

そうかもしれません。代官山店が軌道に乗り始めたのは、隣にある古着のセレクトショップに来るスタイリストさんやフォトグラファーさんが、撮影場所として使ってくれたことからだったんです。僕がいいと思う雰囲気を、「これカッコいいじゃん」って思ってくれる人がいたからうまくいった。最初はピザの売上よりも、撮影場所代でもらうお金のほうが多かったくらいです(笑)。

−−たしかに、写真映えしそうな店内です。猿丸さんは、もともとピザがお好きだったんですか?

大好きでした。子どもの頃から、アメリカのアニメや映画に出てくるピザに憧れていたんです。ほら、『E.T.』や『ホーム・アローン』なんかでも、主人公の少年がピザを電話で注文して食べる、みたいなシーンがあるでしょう。それが羨ましくって。

それで、中学2年のときにアメリカに行って、本場のピザを食べてみました。すると、フードコートのピザが本当においしいんですよ。しかも一切れずつカットされていて、子どもも買って1人で食べられる。こういうピザを日本に持って来たい、とその頃から思っていました。

ニューヨークで感じていた、フードブームの兆し

−−じゃあ、そのまま一直線に夢を叶えられたんですね。

というわけでもなかったんですよね。高校生、大学生の時は「モテたい」みたいな気持ちが強くて、音楽とかいろいろやっていました。でも神戸から東京に出てきて、自分は才能がないと感じ、25歳でこの先何をしようか悩んでしまった。そこでふと、ピザのことを思い出しました。あ、スライス売りのピザ屋、ええやんと思ったんです。そして、ニューヨークにピザの修行に行きました。行っている間に、東日本大震災があったんです。

−−2011年ですね。

その約1年半後、2012年10月に帰ってきました。震災直後は訪日外国人が激減しましたが、帰国したときは少し震災のショックもやわらいで、また外国人観光客が増えそうな気配があったんですよ。しかも、そのとき東京がオリンピックの開催地に立候補してて、僕はこれ決まるんじゃないかと思ってたんです。そうしたときに、グローバルフードとして世界中の人達に愛されているピザの店をやらない手はない、と。自分がやらなくても、他の人がやるだろうと思いました。

あと、ニューヨークにいたときに、フードブームが来ているのを感じてたんです。

−−フードブーム、ですか。

景気が悪くなって、若者たちがあんまりファッションなどにお金を使わなくなっていた。でも、健康志向も相まって、フードにだけはお金を使う人が増えていたんです。オーガニックフードが一般的になってきたりと、フードがカルチャーの中心になりつつあった。僕がいたブルックリンで、フードへの関心がバーンと高まるのを見ていたので、その流れはきっと日本にも来ると思いました。

−−孫正義さんが提唱した、「タイムマシン経営」ですね。アメリカで成功したビジネスモデルを、日本で展開する。

いや、そんなに深く考えてなかったですけどね(笑)。あとは、僕の同世代が気持ちよく働ける場所を作りたい、という気持ちもありました。僕は小さい頃から、上の世代の価値観を押し付けられてるという感覚をすごくもっていて。ゆとり第一世代だからなのか、ヒッチハイクとか世界一周とか、競争しないでみんなで仲良くしたいとか、ヒッピーカルチャーに共感するところが大きかったんです。

で、周りにも抑圧的な企業の論理になじめなくて仕事をやめちゃう子とか、ヒゲやロン毛、ピアスをしてるというだけで雇ってもらえない友達がたくさんいた。それを見て、もったいないなと思ってました。彼らを認める職場があれば、きっと一生懸命働くのに、と。

−−そこで、新しい価値観を持つ世代の居場所となる店をつくったんですね。

訪日外国人の増加、ニューヨークでのフードブーム、若い世代の意識の変化、ストリートカルチャーの流行……こうした複合的な要因によって、今のPIZZA SLICEがあります。きっと、5年早く開店してたらつぶれていたでしょうね。たまたまうまくいったんだろうなあ。僕としてはタイミング以外に、店を続けられている理由が、あまり思いつきません(笑)。