事件化するストリートファッション【後編】

ファッション経済学/ 土家 啓延

前編中編では、過熱するメンズのストリートファッションと億り人まで誕生させた「スニーカー投資」について解説してきました。

後編では、2010年以降、メンズファッションにおいて突然潮目を変えた「ストリートファッション」について紐解きたいと思います。トレンドの移り変わりも、消費者の心変わりも加速するファッション界の中で、なぜここまで長期間続くトレンドになりえたのかについて解説したいと思います。
事件化するストリートファッション【中編】を読む

ストリートファッションとは?

そもそもストリートファッションとはなにか? ということを簡単に説明しておきたいと思います。ストリートファッションとは、街に集まる若者たちが時代や文化、音楽や映画といったものに影響を受けながら、自然と流行り始めるスタイルを本来指しています。ファッション業界の主導で提案されるトレンドに流されることなく、自分らしくコーディネートを楽しむファッションです。

たとえば80年代。ストリートファッションは、アメリカンカジュアルを意味していました。そこに1986年に映画『トップガン』がヒットしたことによって、ミリタリーファッションに興味をもった若者たちが、「MA-1」などのミリタリーアイテムをアメリカンカジュアルに合わせるようになり、ミリタリーファッションをミックスしたスタイルが流行しました。

このようにファッション業界主導でトレンドを仕掛けて流行を作るわけではなく、時代ごとの映画・音楽などのカルチャーを内包しながら若者独自のトレンドやスタイルを生み出していくものが、「ストリートファッション」ということになります。

90年代では、スケーターファッションやヒップホップが流行し、ビッグサイズのTシャツ、デニムはパンツが見えそうな腰履き、足元はバスケットシューズというスタイルがストリートファッションになりました。

そして1995年にはナイキの「エアマックス95」が発売され、スニーカー人気が爆発的に高まり異常なプレミア価格で転売されることに。「エアマックス狩り」とよばれる強奪・襲撃事件が起こり社会問題化しました。

2010年代に入り、インターネットの発達で再びストリートファッションが90年代以上に過熱しているという状況にあります。

なぜストリートファッションは再燃したのか?

街の若者たちから自然に生まれてくるのがストリートファッションであるならば、いつの時代においてもストリートファッションが存在しているはず。それが空前の大流行を見せたのは、ラグジュアリーブランド側が、ストリートファッションを提案したからなのです。

この潮流の始まりは2011年。ルイ・ヴィトンが、メンズファッションのクリエイティブディレクターにキム・ジョーンズ氏を就任させます。彼はストリートファッションを得意とするファッションデザイナーです。

前出の90年代のストリートファッションの熱狂を実体験した10代や20代の若者たちが、2010年代には30代〜40代に成長。この世代は、第二次ベビーブーマー(日本では団塊の世代ジュニア)で、2010年代の消費の中心となっていくと予想された世代です。

上流階級での世代交代やIT長者となった第二次ベビーブーマーたちは、ラグジュアリーブランドに興味はあるものの、彼らが好むデザインは作られていませんでした。店頭にある服は伝統的なフォーマルウェアであったり、富裕層の大人が好む上質な素材で作られたカジュアルウェアしかありませんでした。ストリート感覚のあるラグジュアリーなファッションを消費者が潜在的に求めていたのです。

そこにルイ・ヴィトンは目をつけ、ストリートファッションをファッションショーで提案。トレンドはルイ・ヴィトンから波及し、ラグジュアリーブランドがこぞってストリートファッションを提案します。「ラグジュアリーストリート」とよばれるカテゴリーも誕生し、10年近く続くメンズファッションのストリートブームが作られました。

そして当初ターゲットとしていた40代に火がつき、セレブリティにも支持されるファッションとなりました。特に10代〜20代に影響力のあるミュージシャンたちがラグジュアリーストリートファッションを取り入れはじめたため、10代〜40代という幅広い年齢層で流行することに。これもブームが長く続く要因になっています。

そもそも街の若者たちから自然に派生するスタイルであるストリートファッションを、ラグジュアリーブランドが1トレンドとして提案したことで世界的な流行になったのは、少々皮肉なものです。

ラグジュアリーブランドは、ストリートファッションを使って第二次ベビーブーマーやミレニアル世代を顧客化し、さらに現在はジェネレーションZやジェネレーションαを顧客にする戦略を進めています(ジェネレーションZは米国において1990年代中ごろ以降に生まれた世代のこと。ジェネレーションαはその次の世代のこと)。

ラグジュアリーブランドは伝統をただ守るだけではなく、アップデートさせていくことで、時代を越えても魅力ある存在であることを継続しようと努めています。

<まとめ>
・ストリートファッションとは、本来ファッション業界が作り出すトレンドとは異なり、若者独自のファッションスタイル=アンチトレンドであった
・2010年代のストリートファッションは、若者からの発信ではなく、ラグジュアリーブランドの戦略的なトレンド提案が火付け役となって世界的なブームを作った
・ラグジュアリーブランドは、第二次ベビーブーマー、ミレニアム世代、ジェネレーションZ世代と、絶えずそのターゲットを惹きつけるクリエイティブディレクターを器用し、ブランド価値を守り続けている