1995年に、ソムリエ世界一に輝いた田崎真也さん。これは、フランス人以外のソムリエとして初の快挙でした。その世界一の肩書をもって、何をするか。田崎さんが目指したのは、高級レストランでソムリエをすることではなく、家庭の食卓にワインを普及させることでした。「どうやって楽しんだらいいですか」と聞かれるお酒はワインだけ。この状況を変えるために、田崎さんが提案していることとは。
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ソムリエ世界一になるために、2千万の借金をした
まずは、出場権を得なければいけません。それには日本のソムリエ協会が、国際ソムリエ協会に加盟することが必要でした。だから「年会費を払ってでも、加盟しましょう」と、日本ソムリエ協会の理事として提案するところからでしたね。
そしてやっと世界コンクールに出場できたのですが、1986年に挑戦した1回目はボロボロ。2回目もダメでした。もう諦めかけていたのですが、1995年に行われるコンクールの次回開催地が東京に決まったんです。これで最後だと思い、そこに焦点を置いて、再度トレーニングし直しました。

まずは、筆記試験に受かることが大変なんですよ。ワインだけでなく、ミネラルウォーター、ビール、ウイスキー、ジン、ウォッカ、カクテル、コーヒー、紅茶……世界中の飲み物のことが出題されるんです。勉強しようにも、世界の飲み物について書いてある本なんてないですよね。だから、現地に行って見てくるしかない。
そうなんですよ。けっきょく、2千万円くらい借金して、海外で情報収集をしてきました。ワイナリーやレストランやスーパーマーケットに行って、いろいろな国の飲み物を調べるんです。
だから、世界のソムリエコンクールで優勝を狙う人たちは、みんなスポンサーをつけていたんですよ。お金を出してもらって世界を飛び回り、知識を増やした人が勝っていた。だから、ヨーロッパの人は有利ですよね。近くに題材となる国がいくつも存在しているから。
と、思いますよね。でも、3回目のチャレンジのときに、かえって有利なんじゃないかと思ったんです。それは、当時1990年代半ばの日本では、世界中のレベルの高いワインが手に入ったからです。当時のフランスやイタリアでは、国内で売っているのはほぼ自国のワインだけだったんですよ。隣同士なのに、フランスでドイツワインですら買えなかった。日本では、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ、オーストラリアなど、世界中のワインがあった。だから、テイスティングに関しては絶対に負けない、という自信をもって臨みました。
居酒屋や家庭にいるようなソムリエになろう
優勝して、改めて考えたんです。この世界最優秀ソムリエコンクールで優勝した自分を、日本でうまい具合に使うとしたらどうするか、と。そして、もうフランス料理店のソムリエは辞めることにしました。

ソムリエという職業に意義があるとすれば、ワインを家庭で楽しむ文化の育成に貢献することだ、と思ったんです。それには、家のこたつでテレビを見ながら、ワインを湯飲み茶碗になみなみと注いで、めざしなんかをかじりながら飲む、といったところから始めたほうがいいと思ったんです。レストランで飲むのではなくてね。
そのときに、「あ、ワインっておいしい」と思ったら、きっとその人は家族や友人にワインを薦めますよね。そうして、自然に日本流のワインの飲み方ができていく、というほうが、将来的にワインを通して楽しい時間を過ごす人が日本に増えるだろうなと思ったんです。
だから僕は、居酒屋や家庭にひとりいるソムリエ、という立ち位置を目指しました。これは、ソムリエの世界チャンピオンになったからできることなんです。世界チャンピオンであるということは、初対面の時点で「ワインについては信頼できる」と思ってもらえるということ。その自分が、「赤ワインに合わせるのはめざしでいいんです」と発言することには、意味がありますよね。そこで僕が「やっぱりシャンパンにキャビアでしょう」なんて言っていたら、今までと何も変わりません。
うーん、その質問がされるのって、ワインだけなんですよね。誰も、「家庭でのビールの楽しみ方について教えてください」って言わないでしょう。
みんな、ワインに対してだけ構えすぎなんです。多くのフランス人は、ワインを毎日飲みますけど、別にそれほどワインに詳しいわけではないですよ。家庭で夕飯を食べるときに飲むもの、という位置づけ。食事の内容に合わせて種類を変えたりもしないです。
いつも飲むワインのなかには、ワイン売場に容器を持っていって、1リットル2ユーロ(約260円)もしないようなやつをジャーっと汲んで帰ってくる。これはフランス産ワインでない場合もあるし、ぶどうが何の品種かなんてことも気にしてないです。
うんちくを知る前に、まず飲んでみること
そう。ミネラルウォーターより安いワインもありますからね。だから、日本人もワインを特別視しなくていいんですよ。
でも、おそらく日本ではワインを結婚披露宴などで初めて飲んだ、という人も多かったから、ハレの場の飲み物というイメージが定着しているんでしょうね。
ワインの本もよくなかったと思います。昔のワインの本はだいたい、最初にワインに関連する法律などが載っていて、それぞれの国のワインの特徴、産地、ぶどうの品種、醸造方法などの知識がずらずら書いてあり、最後に栓の開け方が出てくる。これじゃあ、ワインのことを知らないと飲んじゃいけない、みたいな感じがしてしまいますよね。
僕の本は基本的に、ワインの栓をまず開ける、というところから始めるようにしています。そして、なんでもいいから家にあるコップに注ぐ。それこそ、湯呑でもいいんです。で、口に含んで飲んでみる。そのあと、ワイングラスに入れて飲んでみる。そうしたら、味の違いがわかるはずです。

いや、そうじゃないんです。味が違うというだけで、もしかしたら湯呑のほうがおいしく感じるワインもあるかもしれません。ワインの楽しみ方のバリエーションが増える、というふうに考えてもらいたい。そのために、飲み比べをするんです。
とはいえ、ワインに対する敷居の高さがプラスに働いている面もあるんですよ。ワインって日本では、いまだにおしゃれなイメージがあるでしょう。ドラマなどで、ちょっと気取ったシーンでは、ワインが出てきますよね。ビールや日本酒を飲んでるのはたいてい、居酒屋で愚痴を言う、みたいなシーンが多い。あと、昭和の酔っぱらいのイメージって、そばに一升瓶がゴロゴロしていますよね。いっとき若者が日本酒から離れたのは、そういう悪い酔っぱらいのイメージもあったからだと思います。
これと同じで、フランスの地下鉄の駅の入口などでクダを巻いてる酔っ払いは、たいてい安ワインを飲んでるんですよね。だから、フランスの若い人のなかにはワインにあまりいいイメージがなく、ワインを飲まない人も増えてきています。
そうなんですよ。いまヨーロッパでは日本酒が流行ってきていて、高級店でしか飲めない上品でおいしいお酒だと認識されています。これはいい傾向なので、維持していったほうがいいと思いますね。
だから、ワインのちょっとおしゃれでいいお酒、というイメージは悪くないんです。ただ、ワインもフランスでは日本におけるビールのように、日常的に飲まれているということを知り、むやみにハードルを高くしないほうがいい。気軽に、好きなように、飲んでいいんです。


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